Ongoing Collective DIARY

どちらへ?
2019年5月15日

8時。強烈な騒音で目がさめる。朝の5時ぐらいまで飲んでいたからもう少し長く寝ていたかったのに。音はレジデンスの隣にある巨大な鉄柱の方角から聞こえてくる。なにやら作業が始まったようだ。そういえば、一昨日の昼ぐらいにピンポンが鳴って、ドアを開けると着古した作業服を身に纏ったおっさんが、今度鉄柱の塗装作業をしますからよろしくと言っていた気がする。彼から沸き立っていた酒とタバコと加齢の匂いが強烈すぎて、そのお知らせは全く頭に入っていなかったようだ。そして、あの堪え難い匂いが、鼻の奥の方に思い出され、もう寝ていられなくなってしまった。
9時。一階に降りると、Ongoingで今展示している飯川くんがソファーで寝ている。机の上はウイスキーと炭酸水と氷の容器。昨晩、彼と個人的な身の上話を色々としたんだったっけ。おはようと挨拶をして、作り置いていた豆乳で作った豚汁を温め、ハムを敷いた目玉焼きを焼いて二人で食べる。昨日の続きをとばかり、とりとめのない話をしていると徐々に目が覚めてきた。レジデンスで作家と交わす、こうした何気ない会話が好きだ。その人となりが見えるから。
11時。今日は水曜日だから大学で講義をする日。飯川くんともう少し話をしていたかったけど急いでシャワーを浴び、黒のラモーンズTシャツに袖を通す。気合い装着。エンジンをかけて西へと向かう。1時間ぐらいのドライブ。大学への道程は、両親が暮らす実家のそばを通りすぎるのだけど、その昔、よく兄と通った釣り堀が目に入ってきた。どうやら随分前に潰れてしまった様子で荒涼としている。ふと、釣り堀の店主の右手の薬指がなかったことを思い出す。いつも罪悪感をもって、その薬指を盗み見ていた記憶が脳裏に浮かぶ。
12時。大学に到着。教職員用の学食で昼飯をとる。8階建ての最上階にある食堂で、眺めは悪く無い。多くの講師や助手たちが楽しそうに話をしながら食事をしている。一人で食べているのは自分ぐらい。20年以上前、学生としてここに通っていた時と変わらない。ただ、当時も今も、一人で食べるのは嫌いではなく、むしろ気分がよい。寂しいのが好きなのだろうか。色々な人がいる。
13時。授業開始。京都から出てきたばかりという生徒の発表。なんでもいいから自分の興味のあることをみんなにプレゼンしてくださいという課題。彼女は枯山水について熱く語ってくれた。中世民衆社会においては、造園に従事していたのは被差別民であったという話が印象に残る。学生たちは自分の知らないことを色々と知っていて関心させられることが多い。しかし、自分が大学で講義をするようになるだなんて、学生の時は思ってもいなかった。
15時。帰りがけに実家による。この春から、甥っ子が大学に通うために上京して、自分が昔使っていた実家の部屋を彼が使うことになった。その部屋に長らく置きっぱなしにしていた荷物を全て片付けなければならず、今日もそのために寄ったのだ。昔撮った写真のアルバム、日々の気持ちを綴ったメモ帳、MDやビデオのカセットテープ、当時着ていた洋服、哲学や美術の本、その他もろもろ。一つ一つに膨大な量の過去の記憶が詰まっていて、それが思い出されるたびに、どうしてだか悲しい気分に襲われる。どれも悲しい過去なわけではなく、むしろ愛おしいものなはずなのだけど。まあ記憶とはそんなものなのだろうか。甥っ子は、昔の自分と同じ大学に入学したのだけれど、彼も20年後、同じような感覚に襲われたりするのだろうか。緑が生い茂った実家の庭を見つめながらそんなことをぼんやりと考える。それぞれが作り上げた膨大な記憶の集積は、最後には何処に消えていってしまうのだろうか。
16時。吉祥寺に戻り、二人の娘のお迎えに行く。世界で一番大切なもの。レジデンスで、妹の宿題を見てあげた後、お姉ちゃんを英会話のレッスンへ。恰幅の良い外国人の女性講師が「You like Ramones?」と話しかけてきて「Sure」と即答する。悪くない。1時間の待ち時間の間に夕飯の食材を買ってしまう。赤いパプリカとバジルとナス。レッスンが終わり、娘たちを、もう自分は住んでいない二人の家へと送り届ける。バイバイ、マイ、エンジェル。
19時。Ongoingに顔を出す。テラッコ数名と、飯川くん、春佳、そして大木さんがいた。少し話をして自分の家に戻ってきた気がする。さて、漸く自分の時間がやって来た。仕事をしないと。
20時。レジデンスにもどり、鏡を前にして、そこに映った顔を見る。あれ、こいつは誰だっけ?

 

小川希

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