Ongoing Collective DIARY

Uber eatsはじめました
2019年7月18日

最近Uber eatsの運ぶ方をはじめました。知り合いを紹介してその人が50回の配達を達成すると6万円も貰えるようで、金に目が眩んだ古い友人に誘われたのです。彼から招待メールには一言「共に戦おう」と。ママチャリでやってみた感想としては、1日3回くらいまでポケモンGoやってるみたいで楽しいです。1日15回くらいやると段々イライラしてきて、Uberつぶれねーかなーと思ってしまいます。現在までに42回の配達をしました。

その古い友人が私の実家の庭に父自作のピザ窯があることを知ってから、「いつか一緒に帰省してピザパーをさせて欲しい」とずっとお願いをされていたので、先日妻と一緒に帰省する予定を立てました。ところが友人はゴールデンウィークに帰省したばかりだったので、今回は代わりにオンゴーイングレジデンスに来てたチョンくんを連れて行くことに。

チョンくんは勤勉です。新幹線では作品に使う資料を常に読んでおり、仕事をしていないと罪悪感を感じる、とFBで告白していました。不思議と一緒に行動すると影響を受けるもので、怠け者な私も最近はメリハリのある生活をしている気がします。おかげで配達も捗ります。しかし仕事をしていないと罪悪感を覚えるのはいかがなものでしょう?辛くない?その感情分からないではないのですが。というのも私昔は落ち着きがなくて、ずっとソワソワしてる人だったのです。あるとき損してる気がしてソワソワするのやめよう!と思い立ってやめたのです(魔女の宅急便の「描くのをやめる!」ですね)。その成果として感情の起伏が少なくなりました。もうほとんどキレなくなったのです。

そこで気が付いたのですが、チョンくんリアクションが薄くない。濃い?ちょっと興味が湧く話があると、「wow(ウワ〜オ)」とか言ってくれるので話し甲斐があるのです。そんなチョンくんを私の家族もすっかり気に入り、父親に至っては昔趣味で集めていたCONTAXのコンパクトカメラとそのレンズを彼にあげてしまうほどでした。感情の起伏の少なくなった私は不安から解放される代わりに、彼のようなリアクションを失っていたのです。いちいちリアクション取るのも疲れるからね。

ずっと実家で飲み食いしていても退屈なので、次の日は姪っ子も連れて犬山市の明治村に行きました。地元特有のジメジメした熱気の中、姪っ子の興奮も頂点に達します。自然と妻が姪っ子の遊び相手(標的)となり、私とチョンくんが先行して移築された建築を鑑賞します。子供の頃から何度も来ていますが、大人になってから行くのもいいもんですな。閉園時間も近づき大人たちの疲れが溜まった頃合いに、我が姪は妻と先行する私達の約10メートル間を往復ダッシュをはじめました。流石のチョンくんも「姪っ子には何かスポーツをさせて発散させた方がいい」とアドヴァイスを受けるほどでした。お行儀は悪くないんだけど。帰宅後、妻とふたりで姪っ子が持つ無限のエネルギー活用について話し合いましたが、まだ結論は出ていません。

伊佐治

夜更かしが終わらない
2019年5月18日

最近彼女(妻だが、妻は語感が好みでなく、奥さんは言いやすいが主婦感があって嫌。自分より働いてるから)と話していたら、自分が当たり前だと思っていたものの感じ方が彼女からすると不合理で笑えるものだと判明する。例えば「共感性羞恥(人が恥ずかしいことをしていると自分も恥ずかしくなるやつ)」とか、デリカシーはないのにやたらに人の表情を気にして疲れるとか。。そう考えると、他にも色々ある気がしてきた。

一番困るのは集中力がなく、本を読んでいても作品を制作していても、ふと気づくと別のことを考えてしまう。何かをする副作用として、何かを思い出しているのです。最近よく「思い出が大事、思い出作りたい」と公言しているのは、その主従が逆転して思い出すことの重要性が高まっているのだ。気分が良いときはいい思い出に浸り、いい思い出を思い出せばいい気分になる。いい思い出の最新作は、やはり台湾で参加したグループ展でしょうか。

いつもスカジャン着てる寺さん、台北芸術村で出会ったサイモンさん、黄金町で一緒だったロバート。とりあえず私が責任者を担当、みんな作品だけ送ってくれれば良かったのに全員来た。割と住みやすいギャラリーに4人で寝泊まりしてマジで楽しかった。

ある日、友達のイーリンとヤオチョン夫妻が「ちょっと前に完成した立派なオペラハウスを見に行こう」と車を出してくれた。なぜか寺さんを放置して、サイモンとロバートと同行。道中イーリンが興奮ぎみに「ララランド観た?」と聞いてきたが、異邦人三人は誰も観ていなかった。「なんで観てないんだ」とイーリンががっかりしていると、「ライアン・ゴズリングがマジで嫌いだから。。」とロバート。みんな驚いたが、よくよく考えると自分にも嫌いな俳優はいた、ベン・アフレック、アンソニーホプキンス、マイケルケイン、、。敢えて観ないほどじゃないけど。そんな様な会話をサイモンはニヤニヤ聞いていて、ベン・アフレックについては同意してくれた。

そう。サイモンと仲良くなったのは、同時期に滞在したTaipei Artist Villageのバーで、韓国映画の話で盛り上がったのがキッカケだった。彼が映画に詳しいので、「オーストラリアにいい映画はないの?」と尋ねると「ない」とだけ答えたのが印象的だった。加えてオーストラリアのロードムービはアメリカのそれと違い、悪い場所に向かう傾向があるとのある映画批評を紹介してくれた。その時にオーストラリアがコアラやカンガルーの楽園ではなく、塩田、不毛の大地が続く土地だと知った。そしてその数年後オーストラリアのレジデンスに参加したヤオチョンが、滞在中にスカイプをかけてきて半泣きで「退屈だから遊びに来てくれ」と懇願するのだった。「そっちはマッドマックスみたいな感じ?」「Mad Max.. sounds so fun. But no gangs here.」「意外とオーストラリアって日本から遠いね。頑張って。see you soon」。

サイモンの先祖はドイツ系でクーパーという苗字は、戦争の時にドイツの苗字から変えたそうだ。スコットランドやアボリジニの血も混ざっており、髪の毛はロシアンブルーの様な独特な灰色で口髭は赤い。最近白髪混じりで三毛猫状態。宗教は「自然信仰」。全てサイモンが確か聞いてもいないのに教えてくれたことだけど、英語を聞き取りやすい様にゆっくり他愛のない話をしてくれるのが自分の曽祖母や祖父母の様で落ち着くのかもしれない。私のお婆さん達に何度も話を聞かされた、戦時中の武勇伝を思い出す。畑泥棒を追っ払い、憲兵の奥さんに皮肉をいい、低空飛行するB29の追跡から逃れる。

彼がE-mailで最近やっと開設した自分のホームページのリンクを送ってくれた。「Hotel shaman」その美しい写真集に写っているのは、ホテルのカーテンを纏い蛍光灯を杖にシャーマンに扮したサイモン。それと5月から夏にかけてパートナーとヨーロッパを巡るそうで、「伊佐治は最近どう?」だって。

文章を書いていると、目が冴えてきて眠れない。先程一階のお爺さんがまた幻聴を聞いたようで、壁だか天井を叩いたりピンポンを連打したりする。刺激しないように布団に入ることにしよう。私の連れ合い(あまり使い慣れない言葉だが、尊敬する知人女性にこの言い方を褒められた)も舌打ちをして寝る準備を始めた。

伊佐治雄悟

 

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