Ongoing Collective DIARY

2020/04/11 頭はカレーでいっぱい
2020年4月12日小川 希

ダメだ、起きられない。昨晩のzoom呑み、途中から意識がなく、気づいたら、リビングで朝の7時。インターネットであろうが、呑み過ぎればこうなることはわかっていたはずなのに。東野さんおすすめの「こくいも」の1.8ℓパックが半分空になっている。こんにゃくのピリ辛炒めや、もやしのナムルはもちろん、買っておいた乾きものもすべて食べ尽くしている。そして頭が猛烈に痛い。そしてだるい。最悪のいつものやつ。パソコンの画面は誰もいなくなった状態を映し出している。何を話したか全然覚えてないけれど、楽しかったことだけは確かだ。しかし、これ続ていたら体おかしくするね。
筋トレやプランクもできそうにない。3日ももたずに終わるのか、と罪悪感でいっぱい。でも動けない。寝よう。午後の1時過ぎになんとか寝床をはい出す。カレーが無性に食べたい。二日酔いには辛いカレーしかない。カレーのことで頭がいっぱい。でも、他にも今日はやらなければいけないことが。文化庁の海外派遣の計画書の締め切りが今日なのだ。動かない頭で計画書を仕上げ、郵便局の本局へ。郵便局に到着すると長蛇の列。みんな、誰かに何かを送りたいのね。速達で郵送を完了し、次はカレーだ!
相変わらず頭が痛いが、西友へカレーの材料を買いに。食品売り場は人でいっぱい。これって、吉祥寺だけなのだろうか。コロナが怖い。食品売り場で豚肉をささっと買って、脱出。マスクもないから息は止め気味で。花を買おうか迷ったけど、今日はカレーに集中しよう。
お家に到着し、野菜と豚肉を一口大に切る。徐々に二日酔いが治ってきているが、時間を見たらもう夕方の6時過ぎ。「こくいも」おそるべし。1時間コトコト煮込んだカレーが出来上がる頃には、酒はいつのまにか抜けていて、ついつい赤ワインをグラスに注いでしまった。あー、これはではいけない。そうだ、体を動かそう。ストレッチと筋トレ、そしてプランクのアプリに従う。3日坊主は避けられた。明日もやろう。そろそろ焼き鳥屋にみんなと行きたいなぁ。あと娘にも会いたい。カレーは辛くて死ぬほどうまかった。

小川希

2020/04/10 たいじょうぶだぁの日もいつもワクワクしていた
2020年4月10日小川 希

今日も快晴。7時30分に起床して柔軟体操と筋トレをすます。プランクをやったと昨日日記に書いたら「プランクワークアウト」というアプリを紹介してもらった。ダウンロードしてそちらを立ち上げると30日間分のトレーニングプランがのっていて、初日のをさっそく試してみる。簡単に思えて結構辛い。腹筋がプルプル。いやブルブルか。明日もやってみるつもり。いつもよりゆっくりと新聞を読む。紙面はコロナで埋め尽くされている。志村けんが六本木の飲み屋でもいつも皆を笑わせていたという記事があり、しょんぼり。僕らはみんな志村で育った。
午後から仕事の打ち合わせ。インターネット電話を使う。映像も問題ないし音もいい。来年ウィーンに行ったとしても、子供たちとこうやって話せたらいいなと想像してみる。でも子供たちが付き合ってくれない可能性もある。上の子は中学生だし。おやじマジウゼー期が始まっているかもしれない。そしたらとても寂しいなと未来を憂う。ひとりぼっちのヨーロッパ。
会議も終わって、洗濯ものを干す。今日は、おしゃれ着洗い洗剤をつかって、セーターを洗ってみた。いつもはクリーニングに出すのだけど、まだこの騒動がおこる前に、おしゃれ着洗い用ネットとセーター干しをセリアで買っていたのだ。セリアは娘たちのお気に入り。ダイソーより断然いいらしい。僕にはあんまり違いがわからないけど。窓を開けると日差しが気持ちいい。これならすぐ乾くでしょう。セーターは縮んでも伸びてもいなかった。
そろそろ買い物に行こうかと時計を見る。今日の夜は、はやりのzoom飲み会。酒が切れたので近くのスーパーに行かねばならない。相変わらず街には人が普通に歩いている。僕もその一人なのだけれどね。スーパーには人がいなかった。夜を思い、お酒を物色。東野さんオススメの「こくいも」を発見。そのほかビールやウィスキー、つまみにこんにゃくともやしも。こんにゃくはピリ辛で炒め、もやしはナムルにする予定。あと乾き物も忘れない。なんだかとてもワクワク。気づくと大量に買ってしまった。早く夜にならないかなぁ。

小川希

2020/04/09 たぬきと天ぷら
2020年4月9日小川 希

「お酒飲みすぎないでくださいね」と心配されることが最近多い。そんなバカみたいに飲んでいるつもりはないのだけど、確かにこの騒動で酒の量は確実に増えた気もする。外を出歩くことも少なくなったし、いっちょ体を動かすかと、今日は目覚めてすぐにストレッチと筋トレを行う。時間をかけて柔軟体操を行い、その後、腹筋30回、背筋50回、腕立て20回、プランク1分。あー、ものすげー辛い。でもこれ一ヶ月続けたらポッコリおなかがへっこむかも、と、とらぬたぬきのかわざんよう。明日も続けよう。
1ヶ月間Ongoingを閉めると決めたら、途端に時間が大量にある気がしてきた。普段よりも多く映画を見たり本を読んだりしているけれど、それでも時間がある。おととい、山本くんとzoomで話をしていたら、「この時間を有効に使いましょう」とものすげー爽やかに言われ、「あぁ、うん」と返事をして、最終的にOngoingのwebサイトをリニューアルすることとなった。でも最近のweb事情わかってないから、誰か手伝ってくれる人をとりあえず探すことに。コロナ禍がすぎたら、すげーいいwebサイトができちゃうかも、と、とらぬなんちゃら再び。
時計を見れば、まだ3時過ぎ。やることがないわけではないのだけど、Ongoingが閉まっていることを思うと、なんだかシャキッとしない。こんな時は、料理でも作るかなと、栗原はるみ先生と高山なおみ先生の料理本をペラペラ。僕の料理の2大師匠。せっかくだからいままで作ったことのない料理にチャレンジしようかね。かんぴょうと椎茸の太巻きなんてどうだろうか。実家でよく出ていた気もするが、自分では作ったことはない。作れたら渋いぜ。実家といえば、最近自分で野菜の天ぷらをよく揚げるのだが、なかなか母親のようにはサクッとあげられず、こんなことならきちんとコツを教わっておけばよかったと思うことがあったり。あれれ。普段とは少し違った時間が流れるのも変化があってそんなに悪くはない。

小川希

2020/04/08 中止でなくて
2020年4月8日小川 希

緊急事態宣言の発令を受けて、Ongoingの次の展示を正式に中止することを決定した。アベノマスクの命令に従ったみたいに思うとすげームカつくのだけど、作家やお客さんやスタッフのことを考えると、やはりこうするしかなかった。インターネットで中止の旨を伝え、ぼんやりする。悲しいね。
そういえば今日は冨井さんの展示の最終日だった。国分寺のswitch pointの19年間の活動の最後をしめくくる展示。行くべきかどうか少し悩んで、やっぱり行くことにする。車で向かうと、思いのほか人が歩いている。緊急事態でなかったのだっけ。でも道は空いている。運転しながら、水曜日はムサビの授業があるはずだったことを思い出す。大学も5月までお休みになった。学生たちはどんな気持ちだろうか。
switch pointにつくと、東野さんがいた。このまえの青木さんの展示にも来てくれて、最近、東野さん率が高くて嬉しい。Ongoingの展示の中止の旨を伝え「まあ、しかたないね」と話す。お互い、昭和51年生まれのブルース。冨井さんには会えなかったけど、switch pointの本郷さんに「お疲れ様でした」とご挨拶。19年ってすごいね。Ongoingは長女が生まれた年に始めたのだけれど、19歳になった娘を想像してみる。うーん、19年てやはりすごい。
桜吹雪の中、車を走らせ帰ってくると榎本くんから、展示するはずだった漫画原稿のpdfがメールで送られてきていた。早速開いてみる。81ページ。うぉっ。すごいわ。これ。ハンパないよ、榎本くん。一気に読んで、感動して、そして元気になった。芸術、やっぱすげーわ。榎本くんの展示は今回はできないけど、必ず、どこかで時間を見つけて、Ongoingで開催することを心に誓う。だから中止ではなく延期。

小川希

2020/04/07 空っぽの重さ
2020年4月8日小川 希

緊急事態宣言がさっき発動された。昨日の夜に、次回の展示作家の榎本くんと電話で話をして「発動されたら展示は中止するしかないかもしれないね」となっていた。Ongoingは2008年にオープンしてから一度も展覧会の中止をしたことがない。2011年の原発事故の時もオープンし続けた。だから、なんとか今回も中止をしないで続けられるように知恵を絞ってはみたのだけど、流石にここまできたら展覧会の開催は難しそうだ。とても悔しい。でも開けることで誰かを危険にさらすことになるならば、やはり諦めるしかない。どうにもすることのできない無力感。
ふらりとOngoingに行ってみることにした。自転車で前につけ中に入る。本当だったら搬入が始まっているはずのOngoingは、ひっそりしている。展示を終えた青木さんが、昨日、ギャラリーの壁を真っ白く塗ってくれていた。空白感がより一層際立つ。何にもないOngoing。1年を通して1回見れるか見れないかの光景。綺麗だなぁ。常に動き続けているこの場所が、静かに止まっている。13年目にして、初めての長いお休み。何かをすれば何かが生まれ、何もしなければ何もない。当たり前のことだけれど、この空っぽはずしりと重い。

小川希

2020/04/06 アマビエと白い薔薇
2020年4月7日小川 希

焼酎お湯割りを飲みすぎたせいか、朝起きても頭痛が取れない。罪悪感の中、二度寝。昼過ぎに上の娘からの電話でめざめると「入学式なくなった」と一言。本当なら明日、中学校の入学式で、式が終わったら写真を一緒に撮れたらいいねと約束していたのだが。仕方ないけど、健康が一番だからねと電話を切る。スーツとワイシャツを、先月末の娘の小学校の卒業式からそのままにしていて、クリーニングに出すのはいつにしようかとぼんやり考える。来月になったら入学式はあるのだろうか。ああ、まだ頭痛がする。一人呑みだったからそんなに量を飲んでないはずなのだが。
布団にあぐらをかいて座っていると、スタッフのゆきえちゃんから、次のOngoingの展示をどうするかのメッセージが届く。今後の動き方をいろいろ心配してくれている。緊急事態宣言をアベノマスクが出したら、Ongoingの動き方も変えなくてはならない、と思ったら、明日にでも発動される見通しとネットの速報。とうとう来たか。しばらく買い物にもいけなくなるかもしれないと、まだ頭が痛いけど、外に出る。何を買おうか考えて、10日ほど前に買ったカーネションが萎びてきたので、花を買うことに。行きつけの花屋さんで白いバラが安く売っていたので購入。あとは酒。ブラックニッカとつまみにベビースターを。食べ物は冷蔵庫になんかあるからまあいい。
帰りにOngoingの前を通るとシャッターが半分空いていて、青木さんが搬出作業をしている。コロナ関連の話をする。個展で展示していた「アマビエ」のドローイングをプレゼントしてくれた。「病がはやったら私の写し絵を人々に見せよ」と告げて海に消えたとの言い伝えがあるそう。まさにうってつけ。しかもドローイングのモデルは僕の二人の愛娘だそう。嬉しすぎる。さて、これからOngoingどうしようか。まずは次の展示予定作家の榎本くんと相談するかな。「アマビエ」を見つめながら考える。まだ頭が痛い。

小川希

2020/04/05 白い壁
2020年4月5日小川 希

シャッターの鍵をポケットの中で探していると、薄い白い破片が歩道にたくさん散らばっている。シャッタを一つ一つ上げながら、その白い破片が、Ongoingの外壁の塗装が剥がれたものなのだとふと気づく。12年前にみんなで塗った白ペンキも、そろそろ塗り替え時だ。中に入り、二階のギャラリーのライトと映像作品の再生をすまし、一階へと降りてくる。少しひんやりしていて、灯油ストーブに火を灯す。4月になったから灯油の訪問販売も終わりで、タンクに残った灯油が切れたら、ストーブを綺麗に掃除して倉庫の奥にしまわないと。春の訪れの儀式。キッチンに入り、シンクに昨日から置きっ放しになったコーヒーカップとビールグラスを洗う。静寂に耐えられなくなり、長年使って薄汚れてしまったipodを濡れた手でいじり、悩んだ末に柴田聡子さんを選ぶ。洗い物が終わり、簡単に床のはき掃除を終えて、椅子にすわり大きな窓から見慣れた外の風景を眺める。
この場所をスタートした12年前は、よくこんな風にOngoingの1日を始めていた。最近はキッチンに入ることもほぼなくなり、それどころかオープン時間前に来ることも少なくなったけど、昨日、今日と、久々に一人きりでOngoingを切り盛りしている。といってもカフェも閉じてしまい、イベントに来る人もいないから気楽なものなのだけど。時間だけはあるので、これからどうすっかなーっと、白い壁を見ながらぼーっと考えてみる。いろんな人から「Ongoingは大丈夫?」というメールをもらった。まあ、このままでは大丈夫ではないのは確かだね。おとといの夜には千葉くんから電話をもらって、「このままだと潰れちゃう」と笑いながら話したら「ドネーション展をやったらいいじゃん」とアドバイスをもらった。みんな優しいし、頑張ってみるかなぁと、白い壁をみつめる。12年前にここを始めた時も、お客さんが全然来ない日々が2ヶ月も3ヶ月も続いて、これからどうすっかなーっと、同じ白い壁を見ながらぼーっと考えていたのだったっけ。

小川 希

 

ノスタル爺
2019年7月4日小川 希

扇風機のリズム風の優しい音で目がさめると右と左に天使が寝ていた。昨日の晩、愛娘たちがレジデンスに泊まりに来ていたのだっけ。髪の毛をやるから6時半に起こしてと、すっかりオシャレさんのおねーちゃんの言葉を思い出し、「時間だよ」と起こすと、あと5分といってスヤスヤとまた寝てしまった。お腹をペロリと出してまだまだ深い眠りの底にいる妹も。朝ごはんを作らないとリビングに降り冷蔵庫の中を見れば、Ongoingの屋上で取れたピーマンとナスが。ナスは薄切りにして水に浸し、ピーマンは千切りに。フライパンに油を敷いてナスとピーマンを炒め、そこにみりんと水で溶いた味噌を絡めて完成。母親が昔よく作ってくれた料理を、今は娘たちに作っている。「もういい加減起きなさい」と二人を起こすと、小さな妹は眠そうに朝ごはんを食べはじめ、おねーちゃんは長くなった髪をシャワーで濡らし几帳面に櫛をとおす。1時間以上も早く起きたのに、結局朝ごはんに時間がかかってしまい、ギリギリにレジデンスを出て車で学校へと送る。「また夕方にね」と、手と手でハイタッチ。失われた日常を追体験。
帰ってから善福寺公園へジョギング。毎回30分、週二で走ることにしている。英語の勉強も兼ねてBBCのインターネットラジオをききながら池の周りを走るのだけど、水を見ているといろいろな記憶が蘇ってきて、ニュースの中身が全く入ってこない。まあ英語だし、BGMみたいなものだね。
汗だくになりながら携帯をみれば「水道屋さんがきていますよ」とメッセージ。オーストリアのウィーンに留学しているタダちゃんが数日間レジデンスに泊まりにきていて、水道の修理の対応をしてくれたみたい。すぐにシャワーを浴びたかったのだけど、断水し工事をするそうで、リビングでしばしタダちゃんとおしゃべり。「日本マジでやばくないですか?」と2年間の不在の間に変わった日本の負のイメージを止まることなく話してくれる。こちらは止まることのない汗にまみれながらストレッチを続けタダちゃんの話を聞く。ふむふむ、そうだよね、ほんと。
やっとこさ工事が終わりシャワーを浴びる。前回の日記も偶然そうだったけれど、今日は大学で講義で、しかも最後の授業の日。タダちゃんと話をしていたせいか、彼女が仕切って作ってくれたピンクのOngoing CollectiveのTシャツを着ていざ出発。大学について、今日も一人で食事を済まし、授業へと。「今日で最後だねー」と生徒に話すと「えー、悲しすぎます」「この授業が一番楽しみだったのに」と泣けるコメント。僕もいろいろ話が聞けて楽しかったですよ。授業が終わるころOngoingで今度打ち上げをしたいとなり、もちろんいいよと答えるが、学生たちの半分以上が20歳以下だと知り、お酒は出せないことに気づく。ソフトドリンクの打ち上げか。
大学から帰り、天使たちに再び会いに。今日はおねーちゃんの英語の塾の日で、しかも年に一回の保護者参観なのでした。去年は、参観中爆睡していたので「今日は絶対寝ないでね」と念押しされる。授業が始まり、すぐに強烈な睡魔に襲われるが、娘に嫌われるのが怖く気合いで乗り切る。「ニョロニョロ」と娘たちが呼ぶ、タピオカのジュースをせがまれ購入。すぐ近くに「ゴンチャ」というものすごい人が並んでいるタピオカドリンクの人気のお店があるのだが、あくまで「ニョロニョロ」を選ぶのはメジャーには屈しないという血がさせるのだろうかと、どうでもいい想像をしながら一口もらう。甘い。
おねーちゃんを家まで送り届け、その足でOngoingへ。今日は父親と叔父がOngoingに来ていた。不定期で開催される「兄弟会」と称する父兄弟の飲み会の帰りに必ずOngiongに寄ってくれるのだ。お寿司のお土産を平日のカフェ担当のはるかと自分に買ってきてくれていて、それを頬張りながら父と叔父の昔話を聞く。ほとんどが聞いたことのある話の繰り返しなのだけど、それがまた耳に心地が良い。70歳をとうに超え、すっかり小さくなってしまった二人の老人の話は、圧倒的に暖かく尊い。
二人の小さな天使と二人の小さな老天使に挟まれた長くも短い1日。

小川希

どちらへ?
2019年5月15日小川 希

8時。強烈な騒音で目がさめる。朝の5時ぐらいまで飲んでいたからもう少し長く寝ていたかったのに。音はレジデンスの隣にある巨大な鉄柱の方角から聞こえてくる。なにやら作業が始まったようだ。そういえば、一昨日の昼ぐらいにピンポンが鳴って、ドアを開けると着古した作業服を身に纏ったおっさんが、今度鉄柱の塗装作業をしますからよろしくと言っていた気がする。彼から沸き立っていた酒とタバコと加齢の匂いが強烈すぎて、そのお知らせは全く頭に入っていなかったようだ。そして、あの堪え難い匂いが、鼻の奥の方に思い出され、もう寝ていられなくなってしまった。
9時。一階に降りると、Ongoingで今展示している飯川くんがソファーで寝ている。机の上はウイスキーと炭酸水と氷の容器。昨晩、彼と個人的な身の上話を色々としたんだったっけ。おはようと挨拶をして、作り置いていた豆乳で作った豚汁を温め、ハムを敷いた目玉焼きを焼いて二人で食べる。昨日の続きをとばかり、とりとめのない話をしていると徐々に目が覚めてきた。レジデンスで作家と交わす、こうした何気ない会話が好きだ。その人となりが見えるから。
11時。今日は水曜日だから大学で講義をする日。飯川くんともう少し話をしていたかったけど急いでシャワーを浴び、黒のラモーンズTシャツに袖を通す。気合い装着。エンジンをかけて西へと向かう。1時間ぐらいのドライブ。大学への道程は、両親が暮らす実家のそばを通りすぎるのだけど、その昔、よく兄と通った釣り堀が目に入ってきた。どうやら随分前に潰れてしまった様子で荒涼としている。ふと、釣り堀の店主の右手の薬指がなかったことを思い出す。いつも罪悪感をもって、その薬指を盗み見ていた記憶が脳裏に浮かぶ。
12時。大学に到着。教職員用の学食で昼飯をとる。8階建ての最上階にある食堂で、眺めは悪く無い。多くの講師や助手たちが楽しそうに話をしながら食事をしている。一人で食べているのは自分ぐらい。20年以上前、学生としてここに通っていた時と変わらない。ただ、当時も今も、一人で食べるのは嫌いではなく、むしろ気分がよい。寂しいのが好きなのだろうか。色々な人がいる。
13時。授業開始。京都から出てきたばかりという生徒の発表。なんでもいいから自分の興味のあることをみんなにプレゼンしてくださいという課題。彼女は枯山水について熱く語ってくれた。中世民衆社会においては、造園に従事していたのは被差別民であったという話が印象に残る。学生たちは自分の知らないことを色々と知っていて関心させられることが多い。しかし、自分が大学で講義をするようになるだなんて、学生の時は思ってもいなかった。
15時。帰りがけに実家による。この春から、甥っ子が大学に通うために上京して、自分が昔使っていた実家の部屋を彼が使うことになった。その部屋に長らく置きっぱなしにしていた荷物を全て片付けなければならず、今日もそのために寄ったのだ。昔撮った写真のアルバム、日々の気持ちを綴ったメモ帳、MDやビデオのカセットテープ、当時着ていた洋服、哲学や美術の本、その他もろもろ。一つ一つに膨大な量の過去の記憶が詰まっていて、それが思い出されるたびに、どうしてだか悲しい気分に襲われる。どれも悲しい過去なわけではなく、むしろ愛おしいものなはずなのだけど。まあ記憶とはそんなものなのだろうか。甥っ子は、昔の自分と同じ大学に入学したのだけれど、彼も20年後、同じような感覚に襲われたりするのだろうか。緑が生い茂った実家の庭を見つめながらそんなことをぼんやりと考える。それぞれが作り上げた膨大な記憶の集積は、最後には何処に消えていってしまうのだろうか。
16時。吉祥寺に戻り、二人の娘のお迎えに行く。世界で一番大切なもの。レジデンスで、妹の宿題を見てあげた後、お姉ちゃんを英会話のレッスンへ。恰幅の良い外国人の女性講師が「You like Ramones?」と話しかけてきて「Sure」と即答する。悪くない。1時間の待ち時間の間に夕飯の食材を買ってしまう。赤いパプリカとバジルとナス。レッスンが終わり、娘たちを、もう自分は住んでいない二人の家へと送り届ける。バイバイ、マイ、エンジェル。
19時。Ongoingに顔を出す。テラッコ数名と、飯川くん、春佳、そして大木さんがいた。少し話をして自分の家に戻ってきた気がする。さて、漸く自分の時間がやって来た。仕事をしないと。
20時。レジデンスにもどり、鏡を前にして、そこに映った顔を見る。あれ、こいつは誰だっけ?

 

小川希

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