Ongoing Collective DIARY

かんぬいきてー
2019年7月9日

こんにちワッツアップ!
6月1日から国際交流基金のアジアフェローでASEAN各国を回っていて、7月9日の朝、バンコクで今これを書いています。普段の日常とは違った環境で、何かが起こり続ける日々を整理する余裕もなく、只々忙しい日々を楽しんでいます。そうです。めちゃくちゃめちゃ飲んでまス!

それでは7月7日、土曜日の思い出し日記。
今取り組んでるプロジェクトのために、ファウンドビデオ(誰が、いつ撮ったか定かでないビデオデープ)を探しに朝から泥棒市場に向かう。午前8時ぐらいからやってるらしく、朝しか出店してない道端の店を重点的にガラクタの山をDigるが結果はいまひとつ。道端でいろんな種類の肉やさかなのすり身が入っているめちゃうまなフォーを朝食に。この日は昼からカンヌ映画祭にも昨年出ているMoving Image ArtistのChulayannon Siripholにインタビューすることになっていて、彼が所属するぎゃらりーBANGKOK CITYCITY GALLERYに向かう。2時間ほどじっくり話を聞いたけれど、Chulayannonまじでやばい。彼が高校時代にHi-8のビデオカメラで撮ったドキュメンタリーでさえもすでにかなりのクオリティーで、圧倒されてしまった。穏やかな物腰とは裏腹に説得力のある強度の強い言葉の数々からは、作品の背景にある鋭く深い考察過程を感じることができる。ヘルメットを被った僧侶の作品を始め、彼の作品はどれもとてもユニークで的確な表現が魅力的だ。テーマに政治と身体を掲げている点もかなり興味深かった。カンヌ映画祭についてChulayannonは商業的にも芸術的な意味でも、いろんなチャンスや夢が渦巻いていると言っていた。東京芸大のc-projectの作品でもカンヌは一番最初に新しい才能を見つけるとかなんだとか言っていた。あ〜めちゃカンヌ挑戦したい!
前の夜も遅くまで泥棒市場でファウンドビデオをDigっていたので、一旦レジデンス先のTentaclesに戻って仮眠、のつもりが起きたら19時過ぎ。最近よく食べに行くソムタムが美味しい店に晩ごはんを食べに行く。ソムタムと一緒にグリルした豚肉をハーブで包んでタレにつけて食べるやつも注文。Leoビールが進む進む。その後、同時期にTentaclesにレジデンス中のHuang Ding Yun(台湾)と Ge Yulu(北京)と一緒にドラッグクイーンのショーをクラブに向かう。ショーもかなり面白いし、彼女たちがとにかくパワフル。自らのストレートでない性を思う存分謳歌して、素敵に表現出来てる事になんだか羨ましく感じる。クラブを後にし、みんなでお酒を飲みながら生牡蠣とかモツ焼きとか、空芯菜炒めとか食べる。バカうまい!レディーボーイの店員がウインクをしながらみんなにビールを注いでくれる。話題の中心は台湾と中国と日本の関係や中国の厳しい検閲のことに始まり、セクシャリティーについて、最後にはいままでで一番ヤバい瞬間について告白し合う。話には「やば!」「やばくない?」などの日本語でリアクションする決まり。4時過ぎにレジデンスに帰るもまだまだ飲み続ける。みんなぐでんぐでんに酔っ払って朝の8時過ぎ、流石に眠くなって就寝。アディオス!



柴田祐輔

おねしょしたくなった
2019年5月20日
5月19日(日)の日記は、不肖私、柴田祐輔が担当します。恐縮ス!せっかくだから5月19日に起こった事を書こうと思ったけど、その日は一日中8年ぶりとなるHPの作品ページの更新作業をひたすらやってただけで(さっきアップ!)なんの面白味もないので、先日娘と行った、これまた10年以上ぶりの釣りのことを書いてみよっかな。うちの娘は魚を見るのも食べるのもどっちも大好き。一緒に水族館に行ったり、魚の図鑑を見たりしてあーだこーだ話すのがけっこう楽しい。家の中で、棒に紐をつけて釣りごっこもよくしてたんだけど、娘がどうしても本物の釣りに行きたいと言う。しばらく東南アジアに行って会えないから、罪滅ぼしのような気持ちでネットで買った格安の竿と仕掛けを持ってLaLaport近くにある船橋港に出掛けることにした。結果から言うと最後まで全く釣れなかった。餌を噛じられてもうちょっとで釣れそうだったのに〜とかの手応えさえも一切感じることもなく、釣り人一人いない海で釣り竿を垂らし続けていた。一度だけ場所を変えようと、新たな釣り場を目指して海沿いの工場脇をひたすら歩いてみた。途中で工場に向かう自転車に乗ったたくさんのアジア系の人たちと幾度もすれ違い、釣りに来なければ訪れなかったであろう場違いなエリアに自分がいることを感じる。コンビニでクーリッシュを買って日陰で娘と食べながら、自転車が横切るのをぼーっと一緒に眺める。再び歩き回って探したけれど、釣れそうな場所はどこも釣り禁止の看板が出てて、結局1時間掛けてはじめ釣っていた場所に戻ってきただけだった。娘の釣れるまで諦めたくないとの揺るぎない決意を受け、再び釣り人一人いない海に釣り竿を垂らす。忙しい日々とは対照的に、なんともゆったりとした時間が過ぎていく。この釣りのやり方は間違っているかもしれないし、そこには全く魚がいないのかもしれないけど、それでも海へ釣り糸を垂らし続ける行為は、何か、確かじゃない事の頼りない可能性を信じてみるポジティブな行為のような気がして、すごく豊かな時間を過ごしている感覚もあって楽しかった。正確な情報や豊富な経験を持たない非効率的な行為の内にしか味わえないこの感覚って、日々の忙しさの中でよく後回しにされてしまう。効率の良さを疑うことの難しさについて、かつて西瓜糖のオーナーだった大町さんに言われたことを思い出す。その一方で、正確な情報を持ち、知識を深める事でしか見えてこない風景についてもぼんやり考えていた。娘の送り迎えの際に雑草を摘んでは家に持って帰ったりして図鑑で一緒に調べるのが習慣になり、行き帰りで目にするほとんど全ての雑草の名前を覚えてしまった。同じように見えるホトケノザとヒメオドリコソウを僕が間違って覚えていたのを指摘して、その違いを教えてくれたのは娘だった。それまで雑草としてしか視界に現れなかったものが、名前を覚えてその特徴に敏感になると、知らずのうちに風景のディテールまでにフォーカスが合うようになっていた。さりげないけれど、その見えている風景の質が変わる経験が結構大きな衝撃だったなぁ、とかとか色々ぼんやりと。でもやっぱり釣れないから、なんでこんなところで釣ってんの?って感じで気にしてくれていたであろうおじさんに釣れる場所を聞いてみると、事細かに船橋の釣り事情を教えてくれた。どうやら場所も仕掛けも見当違いだったらしい。それでも諦めずに釣り竿を海に垂らし続けてみた。
18時も過ぎた頃、流石に疲れて石で出来たベンチに寝転んでみると、日中の陽射しの温もりが背中に心地よく感じられた。時間と共に涼しくなっていく空気と背中のベンチの暖かさが調和して、10分ぐらいか、めちゃくちゃ気持ちいい時間帯があった。それも、だんだん良くなっていくピークを肌に感じ、ゆったりとピークが過ぎて行く余韻を楽しみながら、肌寒くなるまでうつらうつらしながら。それでなんだかおねしょしたくなった。
柴田祐輔
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