Ongoing Collective DIARY

2019年5月10日

4月29日、ドイツ語のテスト。大学は政府に所属してるインスティチュートなのでドイツ語ができないとペナルティで学生証が貰えない。右翼すぎると思う。午後、合格したとメールが来る。Sがお祝いに煙草を一本巻いてくれた。そして新しいアパートの審査に通ったとメールが来る。急いで収入証明書など送らなければいけない。18時、lazylifeという展覧会とカフェがセットになっている場所で、オーストリア女性作家協会(vbkö)の会議。今年からメンバーになった。嬉しい。大して目立ってない私でも、地道に真摯にやれば、見ている人は必ず居る。ジュリアがお祝いにビールを奢ってくれた。しかし法案やらアジェンダやらドイツ語。今日中級のテスト受けてきた奴にこれは無理すぎるだろ。白目をむいた。
今日はなんだか(by シュガーベイブ)色々なことを決めなくてはいけない日でどっと疲れた。若干知恵熱が出ている気がした。
私にはメンバーとして一応投票権があるのだけど、ドイツ語だし、わからないことが未だ多いから、投票しないこともある。だって責任が持てないから。「am I awkward?(バカっぽいかな?)」とステファニーに聞いた。ステファニーは、知らないことを知らないと言える場所であることが大切だから、そう表現すべきだと言った。

4月30日。朝、語学学校に合格証を取りに行く。その後学生生活課へ。事務のおばさんがずっとドイツ語で話しかけてくる。分からないので英語で話してくれと言うと彼女の言っていることがドイツ語で分からないなら新しい学校証はあげられないと言う。いやいや、お前ただの事務員だろ!てゆーか違法行為だろ!とりあえずパニックのまま終了。その後ドイツ人の作家友達に電話して相談。明日たまたま大学の学長と会議があるからその前に一緒に生活課へ行ってくれるとのこと。不幸中の幸い。もし明日人種差別的なことを言われても学長のとこにそのままアポなしで行けるや〜ふい〜。
夜、双子のベビーシッター。眠い。

5月1日。新しい家の契約。風刺画風に描かれたドナルドダックみたいなおっさんが登場。このアパートにはアフリカ人はいないから安心してとか言ってくる。付き添いで来ていたヤコブの緑色の目玉がぐりっと私の方に動いて、そのアクションだけで「やれやれ」が伝わってきた。オーストリア人の老人ほんと頭おかしい。日本のネトウヨが年取ったらこんな感じなんだろーなー。きも。とりあえずAsian Rich Kidsの振りをして終了。条件でしか人を見ない人が山ほど居る。なんだかそれに対する対策に慣れてしまった自分が悲しい。でもいい人も居るから、落ち込むとかの前に「事実」だけ見る訓練をしよう” I was instantly angry at that moment but i need a strategy” 「結局さ、あいつは大人しくてお金をはらってくれる人に借りて欲しいだけなんだよ。ただそれだけ。」ヤコブは若い時にスペインに居たから、エゴイストには慣ている、だからいつも冷静だ。私は、昔は差別に一瞬で腹を立てていた。それは本当にお腹がかっと熱くなるものだった。私は弱くて私の言語はとても弱い。アダム、というキュレーター、このあいだのドクメンタをやった人。が、プロジェクトの説明の時に言った。”artist has a real political power.”その言葉がお守りみたいにぐさっとお腹に刺さって抜けない。
その後、ベビーシッター。国連近くの公園で遊ぶ。子どもは、見てない隙に花壇のチューリップを引っこ抜いていた。やめてほしいと思った。

5月2日。前述の友人と生活課へ。一応会話を録音する。友人の必死の説得で納得したおばさん。てゆーかおかしくね?学校から認められたテストの合格証なのに。本当にこういうレイシストなおばさんは早く死んだ方がいいと思う。
その後新居へ掃除に。ちょっと、まだ電気通ってないんですけど。面倒くせえ〜。とりあえずささっと掃除と、既に傷がついている床の写真などを撮影して終了。
来月ある展覧会のスペースの下見に行く。コミュニアルな感じで結構面白い。すごい燃える多田佳那子初キュレーション。
そのあとアトリエで制作。いつでもどの国でも、アトリエだけは一緒。秘密があり、友情がある。

5月3日。朝友達のビザ更新のためにお金を貸しに行く。ビザ更新は毎年大変だ。誰が口座に120万も入ってるんだよ。昔は移民局も無く、警察署でビザ更新だったらしい。口座証明のためのお金も、80万くらいで良かったそう。10年後には500万とかになってるだろうな。その時私はどこに居るんだろう。必死でお金をかき集めるのだろうか、それともどこか違う国に居るのだろうか。現地の言葉と母国語が混ざる、「コロニア語」というのがあると聞いた。英語だけだと、追い返されてしまう。ドイツ語のあとはどの言葉を覚えればいいんだろう。

5月7日 ヤコブとSと展覧会の準備。「作品が持つセクシュアリティ」について、話す。私は、Sの作品は優しくて無口でピュアな、kind of gentle, but when you touch only one tiny part, he gonna be crazyだと思うと話した。Sは嬉しそうに聞いていた。ヤコブの作品はセクシュアルなものが、ただのオブジェクトとしてある、それから彼は歌を、男が、マスキュリンをコピーして歌うから、いつもちぐはぐだ。すごくマッチョな男とフェミニンが同居してる感じ。Yは、態度も頭の中も古いタイプの、忙しくて紳士的な、アーティスト像があってそれを遂行している。それはYがヨーロッパで生き抜くためにそうなったんだと思うと、今も苦しくなる。去年の夏、Yは沢山泣いた。目が一切赤くならなくて、水が垂れてるだけみたいだった。雨を被った銅像に似てた。でもYはマッチョでいるのが好きなんだと言った。それを聞いて安心した。Yは結婚指輪以外アクセサリーをつけない。私は、Yの性別を知らない。
アトリエに帰るとRが居た。自分だけ展覧会のインビテーションが貰えなくて、寒い中フードを被って帰ってきた。一緒にメールを確認したけど、Rはきちんと招待状を貰っていた。悪いことも良いことも、からかってプレイフルなRが、子どもみたいにえんえん泣いた。いつもなんとなくRとはハグをしないのに、私は、思わずぐわっと抱きしめた。絵を、描かないと。描き続けないと、悪いことが起きないように。Rはただ淡々とそう言った。私はこの人に比べると未だ子どもなんだと思った。

多田佳那子

20年前の日記・開帳
2019年5月9日
20年前の日記・開帳

 

我が家の庭では待ち焦がれた春陽の昼間の空中に、サクラ、コブシ、ユキヤナギ、ヤマブキ、タンポポなどが競って開花しまたは花弁を風に散らし、ヒヨドリ、シジュウカラ、コガラ、アカハラ、ホンドリスたちが賑やかに飛び回っております。
しかし昨晩はマイナス2度。
まだ朝晩はストーブの火を落とせない八ヶ岳からお送りいたします。

 

あらかじめすみません、自分の誕生月3月に日記の順番が回って来るものとばかり思って、油断して深酒しておりました。春佳さんご提案のリレー日記、とても良い企画だなと思いつつ皆さんの日記を肴に、いつも楽しく拝読しております。 全く個人的な意見ですが、日記を書く人がそう望む場合には、画像データをテキストと一緒に表示出来るオプションがあるならばより多彩な表現になるかもと感じております。追々ですかね?酔っ払いの御提案まで。(すみません、今ご連絡頂き、画像添付可能だそうです!!)

 

さて、と言ってもいざ書き出そうとすると、よせばいいのにまた文章に凝り始めて終わらなくなりそうで、個展も近いし、アトリエも片付けないといけないし、明日は小学校児童との鑑賞の授業だし、どうしようと思いあぐねていると、ふと先日、ベルギー留学時代の古い日記帳を発見したことが思い出されました。
恐る々々(と言えば大袈裟ですが、進歩無き自分が白日の下に晒される事はやや恐ろしい)開いてみましたが、まあいいや。20年前のコレを書き写すことにしましょう。

 

*【 】は2019年現在の私による補足です。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~
1999年5月8日(土)
つばめ見る。
夕方起床。京子【当時の同居人。現妻】は午後MUHKA【アントワープ現代美術館】のオープニングへ。私も行ったが既に閉館【笑】。ギャラリーを廻ってGB【スーパーマーケット】で買い物をして帰宅。夕食はGBで買ったニシン。
銀行のカウントがマイナスになっていて驚いた。月曜日に両替しなくては。

未明に絵一枚(50 x 50)描く。

 

【ここ長野と同様に春の訪れの遅いアントワープ。ツバメが飛来することは春がきた証でありとても喜ばしかったことを覚えている。暖かくなると大量のツバメが渡って来て、彼らも嬉しそうに空を飛び回っておりました。】

 

1999年5月9日(日)
朝十一時頃、寝る。夕方、起きてキャンバス作り。
フルカン【近所のトルコ・スーパーマーケット。激安】へ買い物。
夕食は鶏の丸煮。夜もキャンバス作り。
釣りへ行きたい。

 

1999年5月10日(月)
午前中寝て、夜、起きた。
丸十二時間ひっくり返った時間を生きていて、どうしようもない。
少し夜は蒸し暑い。生活を直さなくては。

 

1999年5月11日(火)
二時頃起きて、家に電話。父さんと希と桃ちゃんと話す。研の新宿の住所を尋ねたのだが、すぐに分からないので明日、又、掛け直すことにする。皆、元気そうだった。母さんは未だ帰宅していなかった。
昼食後、夕方、フナック【CD /本屋】→GB→ペーパーミル【画材屋】と買い物をして帰宅。

夕食はチャーハン。深夜、久しぶりにビールを呑み制作。

90 x 70 一枚仕上げた朝だった。

 

【留学中はアパートの部屋に電話もテレビも無かった。当時、有料の電話交換所というものが街中に沢山あり、そこから日本に電話をしていた。500円/15分位?だったか知らん。念の為書くが、パソコンも携帯電話も、インターネット環境も、勿論無かった】

 

1999年5月12日(水)
昼過ぎ二時起床。(早朝五時頃、絵を描き終えて、寝る前にフリッツ【フライドポテトのこと。ちなみにフレンチ・フライとの呼び方は誤りで、正確にはフレミッシュ・フライ。フライドポテトはベルギーのフランドル地方発祥です。アントワープの街中にも何十件となくフリッツ屋が存在しております】を買いに出たが、流石にそのような朝に開いている店は一軒も無く、帰宅して就寝した。朝七時か八時頃)。
家に電話。父さんが出て昨日尋ねた研の新宿の住所を聞く。父さんしか家に居なかった。

フルカンで買い物して、帰宅し昼食。
夕方、ディ・スティル【画材屋】でキャンバス買う。アカデミー近くの道は本当に久しぶりに通った。駅近くのクラウドヴァット【健康志向の生活雑貨屋】にシャンプーを買いに行ったが、今使っているものと同じものが無く帰宅。
キャンバスつくる。夕食。今日は朝からやたらくしゃみが出る。アレルギーの非道い一日だった。


1999
年5月13日(木)
昨晩、私の絵のオールオーヴァーの一つの起源を思い出した。それは清友ハウス一号室の冷蔵庫だ!間違いなく。

 

三時起床。
何か壁の向こうは共産圏(?)ですぐ壁の縁を向こうの国の電車(貨物列車)が走っている。そこへ私は落ちてしまい(わざと?)貨物の上へ落ちる。
向こうの国の少年が(痩せて真黒にススで汚れているが、私に親切)何故か「バイアグラポテトチップス」を食べていて、こっちの国ではその様な少年(確か六歳とか言った)が既に女性を知っていて、そんなものを食べているのかと驚く。
何かその後列車は逆に走り、敵の兵隊が二人、私と少年を騙してニセの鉄砲を渡す。射たねばならぬ時に銃弾は出ない。しかし少年と私は、その二人を倒し(何故か最期、その敵兵は包帯で巻いた様な、エビの様なものになって死んだ)自分の国へ再び壁を乗り越えて帰る。学校の教員室の様なところへ逃げ込み敵の銃を渡すと、一人がしげしげと見つめていた。少年は傷を負っていた。
そんな夢で目覚める。
少し大きな絵を始める(100 x 90くらい)。
ずっと描いていたのか、確か夕食は夜九時ごろ食べた。
京子は風邪で寝ていた。

 

【「清友ハウス」は私が二十歳まで育った新宿区矢来町79番地にかつて存在していたアパート。我が家の「冷蔵庫」には、怪獣、アニメ、ヒーローや駄菓子のオマケ等の、様々なシール、ステッカーがベタベタにビッシリとオールオーヴァーに張り巡らされていた。アレを許してくれた親に感謝するしかない。新宿昭和少年】

 

【当時、時々夢を日記に記録していたが、今この駄文を読み返しても夢の中の情景を全く思い出せない。なんだよ「バイアグラポテトチップス」って?しかも『射たねばならぬ時に銃弾は出ない』とか、フロイト主義者が喜んで飛びつきそうな象徴性。当時そんなことでは悩んでいなかったはずだけど…。日記を読み返すとこれらの日々、絵はよく描いていた様子。他の日には、17日にギターウルフ、18日にLoveやGreatful DeadのCDを買っていたり、9,900BFのDe Armondの中古ギターを狙っていたり(買えばよかったのに)、マルクス兄弟の映画を見に行ったり、魚釣りに行って興奮したり、深酒しバーカウンターから転落して反省したり、画集屋巡って感動したり、大江健三郎や開高健ら、戦後民主主義の作家を多く読んでいた。上記の夢などは大江の小説の影響もある様な気がする。「ビッグフットの謎」(アメリカ人生態学者の書いた分厚いUMA本)などもこの頃読んだ。
つまり。
あまり進歩がないなあ、君は?!ちょうど20年前の三十歳の俺よ!!】

 

おわり
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機会があれば是非また何か書かせて頂けたらと存じます。
ここまでお読み下さった皆様、大切なお時間の中、最後までお付き合い頂きありがとうございました。
長文乱文駄文深謝。

 

小川格

木工軽作業と塗装できる人求む

こんにちは、神戸の飯川です。今明日から始まる展示の準備でオンゴーイングに来ています。
斎藤さんに5日の日記を頼まれて、忘れていていまになっています。

実は人手が足りなくて、本日9日の朝から明日の展覧会がオープンする12:00までの時間で、どの時間でもいいので木工作業と塗装を手伝ってもらえる人大募集です。大阪から施工してくれる方が来てたんですが、今日どうしても作業できなくなってしまって、人手が足りていません。ちゃんと時給お支払いします!インパクト使える方誰かいませんでしょうか。あとお礼に、まるけんのご飯と特製の猫グッズも差し上げれます。どうかお願いします。もしもし可能なら、メッセンジャーかメールもらえたら嬉しいです。もしくは、オンゴーイングに電話もらえたら助かります。

展覧会は10日から19日です! ぜひとも見に来て頂きたいです。どうか!! 12日と18日のトークもどうにか来て欲しいです。

 

2019.05.10 [金] – 2019.05.19 [日]

http://www.ongoing.jp/ja/artcenter/gallery/index.php?itemid=712

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5月12日(日)18:00~
トークイベント
出演:田村友一郎、飯川雄大
参加費:1000円(1drink+入場料込み)

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5月18日(土)19:00~
トークイベント
出演:大岩雄典、飯川雄大
参加費:1000円(1drink+入場料込み)

2019年5月8日(水)
2019年5月8日

1*、
高知市朝倉
の、、みなさまの、性的エネルギーの、投資と消費と抒情。
ミナギリ、と光・
5月(メイ)らしい日を歩む中の酩酊の
人生ムロムロnow モーニング@ヘラクレスwith Fuck ‘ n 糞テレビって産業廃棄物垂れ流しの糞声の、
闘うのだ糞メディアの垂れ流し/産業廃棄物に、
従事/侍従、
令和!レイ・ワ~

 

 

 

2*、

夜と昼、ロートレアモン、山、単身者、墓、
ブルトン?、わっ、わっ、わっ、
@高知/朝倉~「夜と昼 」20:28
awa、awa 、困るは木に〈くにがこい〉
令和、風景画、
あれ?あれ?あれ?
今日午後、326分間の長電話を友清ちさと、とした。(日記的、キ)
キは、記のキで、モ、ある→モは、喪のモで、モ、有る。
〈意識の流れを描くフォークナー〉、
まち、まち、
まい、まい、
映画はショットの連続である、文章モ言葉の墓である、あさってのキ、キ、キ!!
五月、メイⅣ8日目、の撮影を朝の朝倉/赤鬼山の山並みモしたことをこの日記にキしたのか僕〈個人〉の日記にキしたのかの識別ができなくなった、今、さっキ、
キ!キ!キ!
あああ、貴方達と変態する理想主義者、
ポ、ポ、ポ、の明日(アシタ)の実感の理想主義者
宗教的な問題。
神体山について、

 

 

3*、

 

高知/スローハンドmojo 22:15

 

伊藤ちゃん、と、ミジョテ、波長、発達障害、モトキくん・
音楽、は、「自分は、幸せ」と言って、令和2日目にじいちゃんが死んだそうです、モ、テ、キ!

 

 

 

 

大木裕之

どしーんブーム
2019年5月7日

我が家にどしーんブームがきている。

 

仰向けになった旦那が、5ヶ月の息子をお腹の上に「どしーん」と言いながら立たせるように乗せると、キャッキャキャッキャと大はしゃぎする。

 

そのうちに旦那が「どしーん」と言うだけでウキャッと笑うようになった。

 

GWの帰省中、家族が旦那の声を真似て、満面の笑みで床に足を踏みつけながら「どしーん」と息子に迫る姿ににやけてしまったのだが、数分後にはわたしも同じことをしているのだ。

 

写真を撮るときも「どしーん」、誰かに会って息子の笑顔を見せたいときも「どしーん」、もちろん、機嫌が崩れ始めたときも、ご機嫌のときも、「どしーん」!

 

息子が大笑いする姿につられて、お腹を抱えて笑うこともある。振り返ってみれば、涙を流して笑うことなんてここ何年もなかったのだけど、純粋無垢な赤ちゃんの笑顔は、わたしたちの純粋な笑顔も生む。

 

街中を歩いていると、おばさまがよく「あら、赤ちゃん?」とベビーカーを覗き込んでくる。まだ人見知りをしない息子。満面の笑みをご披露して、おばさまは「ありがとう」と言って立ち去っていく。

 

たぶん、子どもの笑顔は世界を救うと思う。

 

しばらくは、朝起きて授乳ミルクどしんどしん、お散歩、数時間したら授乳ミルクどしんどしん、抱っこ、また数時間したら、、、。「どしーん」を何度も挟みながら、息子が健康に過ごす1日を隣りで見守っている。

 

というわけで、今日も我が家には何回、何十回と「どしーん」の声が響く。

 

次のブームはなんだろなー

 

高村瑞世
悪事をとめる夢
2019年5月6日

わたしの夢はえらい。いつも感心してしまう。

なにか悪いことを考えようものならば、わたしに怖い夢をみさせて、その悪いものを取り払おうとしてくる。

 

今朝の夢は、わたし、別の女性、夫の3人で、ホテルのベッドにいる夢だった。わたしがまず女性の身体を触ることになったのだけど、わたしは女性の身体の触り方がよくわからず戸惑い(あるいは女性が演技していると分かってつらかったので)、すぐにつまらなくなって、ひとりでそのホテルの部屋を出た。そのあとすぐに夫もわたしを追ってきてくれるかと思ったのに、夫がその部屋から出てきたのは1時間半後。わたしが去ったあと、別の女性と夫が密室で何をしていたかは分からない。

夢から覚めたあとものすごく悲しくて、現実のベッドの隣ですやすや眠る夫をみてとても安心した。

 

「なんで、こんな夢~」と嘆きたい気持ちでいたら、思い出した。「ああ、そうだ。今日、あのひとのイベントに顔を出そうかどうか迷ってたんだっけ」。「あのひと」というのは昔いろいろあった男性のことだ。今はただの友達だけれど、久しぶりに会うと「じゃあ今度ゆっくりご飯でも」という話になりやすい。ただそれだけのことなのだけど、さっき「夫が別の女と何かをしているかもしれない」と疑った夢の生々しい感触を思い出すと、もうその現実のイベントに行く気を全然なくしてしまった。夢に「ほら、逆の立場だったら嫌でしょう?」と諭された気分だった。うっすらと抱いている罪悪感のなせる技なのか。あるいは夢のお告げか。イベント自体は面白そうだからもったいないけれど、今日は家にいることにした。

 

最近、(特に結婚してから)そういうことが時々ある。日常の誘惑、あるいは不道徳のかけらのようなものを、怖い夢が巧みに遠ざける。

 

そういうとき催眠セラピーで禁煙を成功させた友達が前に話していたことを思い出す。「催眠状態になって、タバコと、自分の嫌なもののイメージを、意識の奥底で結び付ける。そうすると習慣で身体がタバコを欲しくなっても、頭にタバコのことが浮かぶと、セラピーで結び付けた嫌なイメージがいっしょにわいて出てきちゃって気持ちわるくなってしまうから、だんだんタバコが吸いたくなくなる」。わたしの夢も、いまわたしの悪事の種にそんな作用があるような気がする。まんまとうまくやられてる気分。

 

 

なんて言ってるけど。もしかすると夢のことは、外に出かけない言い訳のためのこじつけなのかもしれない。本当はただ最近家にいるのが楽しすぎて、あるいはすでに親しい人と親しくしているのが楽しすぎて、もう遠くへ冒険に出かけたり、分かち合えなさそうな人と何かを分かち合おうとすることに億劫になっているだけなのかもしれない。昔は無理をしてでも、いろんな場所に出向いて、いろんな人と話すことが好きだったのに。今はその無理に価値を見出せない。結婚やら手術やらを経て、以前に比べて自分が「面白い」と感じることが変化したのに、自分自身がその変化にうまくついていけてない感じがしている。いまの自分の興味の輪郭をまだ掴みきれなくてちょっとやだ。

どうしようかなと思いつつ、明日も結局、Amazon prime videoで軽いかんじのドラマを観てしまいそう。危険。

 

うーん、こじらせた33歳(いまの年齢)ぽい悩みで恥ずかしいな、これ。でもせっかく恥ずかしいから日記に書いておこうかなと思った。

ちなみに、先日、こういう話をスピリチュアル系カウンセラーを名乗る男性にした(あるお店で、そういう流れになってしまって仕方がなかった)。「結婚してからどれくらいですか」と聞かれ、「2年半です」と答えたら、「ああ、やっぱり。結婚2~3年目ぽい悩みですよね」というようなことを言われて、なんか悔しかった。

 

夢にかんするメモ:

●平安時代の頃は、「好きな人が夢に出てきたら、相手が自分のことを想っている」と考えられていたらしい。

●以前、認知脳科学研究室に勤めていた頃、先生が「夢に関してはいろんな説がありますが、僕は、夢とは頭のなかにある情報の整理と再構築だと考えています」と言っていた。

●明晰夢(lucid dream)で、自分の夢をコントロールして遊ぶ人たちもいるみたいだけど、たぶん訓練がひつよう。

●金縛りもうまくやればコントロールできるらしい。でも訓練がひつよう。

ふむむ。

 

弘川ゆきえ

 

5月4日の日記 遅くなった
2019年5月5日

自分、根無し草

寂しい

こんなことを書くと、ネガティブイメージなのはわかる。

そうとられるのが嫌だけど、でも書くしかない

外国に住んだことによって、様々な人々と疎遠になり、共有できることも少ないと感じる

寂しいと感じるのは昔からだけど、最近、それにも増して、まるで足がなくなって胴体だけがある

ような感覚がある

上辺だけのコミュニケーションは、昔から嫌いだったけど、最近自分から上辺だけのコミュニケーションしかしない。

それは、人にわかってもらおうとすることを諦めたから

いや、それは何を言っても多分理解してもらえないと思ったから

実家→東京

東京出身の人々は、田舎がないんだろうな、とボヤっと考えて、

それは自分には耐えられないと”思う”

今日は、バスでの東京への移動ではなく、会津鉄道を利用しての移動。

田園風景と綺麗なでかい川が突然顔を出す。

ある女性とどっか行こうかと思って計画していたが、ボツになる

それで、適当に西荻のバーに飲みに行く、

おじさんとオカァチャンと飲んで、おっちゃんがDJをやって、古い80年代の曲を聞かされる

どうやら今日は代わり番こDJをやる、月一の日らしい

隣のおばちゃんがべらべらとしゃべり、旦那が映画監督だと言い、誰?と名前を聞いたら

お茶を濁す

ゴールデン街のジャズバー/シラムレンの話になり、共通の知っている人の話題に

飲んだ後、まだまだ飲み足らず、突然渋谷に行くことを思いつく、

22時。

Rというクラブに行く。普段行くわけでもないけど、たまに行きたくなる時がある

いい感じの曲がかかっていて、二杯ビールを飲んだ。

明日は、レイジ君の5月という展覧会に行く。

久しぶりにアーティストに会うことになるだろう、と期待。

せっかくなので、誰かゴールデン街で飲もうヨ、と提案してみる。

せっかくなので、いつかまた撮影をしたい、と思っている

いや、ゴールデンウィークは久しぶりに実は、毎日撮影をしようと試みていた、

5秒でいいから、それをやっている

 

鈴木光

穴日記
2019年5月2日

今日は穴の仕上げの日。
気合い入れるために朝から駅のそばいちで里芋コロッケそば食べる。コロッケはおいしいんだけど、ここのネギ不味い。あまり食べ物不味いと思わないんだけど、これは不味い、なんか薬品っぽい味がする。食べる度に次はネギ抜きにしようと思うんだけど注文する時忘れてしまう。

 

渋谷に着くと雨降ってる。穴の作業に差し支えるので困る。

 

三茶着いても雨が結構な量降ってて、かなり盛り下がる。盛り上げるためにギャラリーと同じ建物にある、ブルーボトルでコーヒー買おうとするけど、レジがなんかもたついてるから断念する。そしたら少し後でファンキーな顔した店員がギャラリーの方まで来て、飲みますか?と聞いてきたので、奢ってくれるのかと思ったけどそんなことは無かった。

 

断続的に激しい雨。やる気を絞り出して床の養生から始める。

 

気合い入れて穴の中に入り、まずいろいろ写真撮る。雨も止んできて、撮影もひと段落ついたら手伝いの太田くんが来たので、土を掻き出す作業を始める。太田くんが穴の上で土の入ったバケツをうけとってくれて、土囊袋にいれてくれるからめちゃサクサク進められるんだけど、今日はもう造作をしてあるとこがあるので、慎重に進める。造形部分守りながら掻き出すので体勢がキツく汗だくになる。太田くんめちゃ仕事出来て助かる、、感゛謝゛

 

造作の台座部分を仕上げないといけないので、その余力を残しつつ、掻き出しはこの辺でやめにして、成型作業に入る。太田くんが上で待機してくれてるんだけど、人がいると集中できず造形の判断が上手く出来ないので、一人で昼休憩に入ってもらう。

 

一時間試行錯誤しながら作業。考えてたようになだらかにグラデーションしてみると、四角がはっきり見えないのでやめて、ゴツゴツしたところを残すことに。残し方が難しい。自分はわりと作業をやり過ぎる傾向があるので、あまり深入りしないところで止めたいところ。

 

一箇所を深めに削り落として、他をバキバキに掘るとなんとなく良さそうなかんじになった。ギリシャ彫刻みたいな感じ?完成かもしれない。

 

上にあがって休む。造形の作業してると、終わった後あり得ないくらい疲れてる。太田くんが戻ってくるが、作業する気力がないのでとりあえず世間話する。

 

しばらく休んで、ひとりで松屋にいってハンバーグを食ってると、少し元気が戻ってきた。戻って穴を見ると、なんかイマイチな感じ。決心して、もう一度造形。その間太田くんには穴のフタを作ってもらう。

 

かなり集中して一気にぶっこむことができた。細かく削っていくと、細かい粒子の土が周りにできて、ふんわりした感じでよい。途中めちゃくちゃ興奮する。

 

脚立を倒しそうになって、冷や汗かきながら穴から上がると4時26分。かなりいい気がする。完成や。

 

疲れ果てたので、床にひっくり返って休む。

 

太田くんフタが完成しそうな頃に、ゆるゆると片付け開始。穴に仮蓋をして、道具類を全部部屋に入れ、小屋もバラす。小屋バラすと、こんな空間で作業してたのかという感じ。

 

周りの養生もとり、仮蓋もとって、作品鑑賞。まじ意味不明な作品で笑ってしまう。なんだろこれ。

 

下降庭園感ある。なんか隕石みたいな感じもする。いろいろ写真撮るけどスケール感が全然でない。

 

これみんなに実物見てもらいたいなー。

 

展示は5月10日から、三軒茶屋clinicにて!この2年くらい準備してきた自主企画のシリーズ展示の一環で、僕は個展形式で発表します。

よろしくお願いいたします!!

 

「わたしの穴 美術の穴」2019年企画

My Hole: Hole in Art series (2019)

会場 Space23°C 「不定領域」 榎倉康二・高山登・藤井博

会場 CAPSULE「享楽平面」 石井友人

会場 clinic「下降庭園」 高石晃

会期:2019年5月10日(金)ー6月9日(日)

開廊日時:金・土・日 12:00-18:00

企画:「わたしの穴 美術の穴」製作チーム

助成:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)

協賛:株式会社秋葉機関

展覧会URL: https://myholeholesinart.jimdo.com/my-hole-hole-in-art-series-2019/

 

高石 晃

「街道」
2019年5月1日

 

・善福寺池写生
・とうげい
・ジム行く
・小説書く

 

 

「街道」

 

よく通る街道沿いにラーメン屋があります。
けっこう流行ってるぽいラーメン屋なんだけど、駐車場がその街道を挟んだ反対側にあるわけ。で、横断歩道が近くにない。だから、その道を作業着着たおじさんたちや、ジャージ着たカップルなんかがお腹を空かせてボンボン渡る。信号待ちの車の後ろからひょこって顔だして対向車確認して。
ゼッタイいつか死人が出るから、そのラーメン屋には行ったことないけど(おいしそう。)、その道をよく通る身としては、いずれ死人が出る前に、なんとかしろよ、ってそのラーメン屋に言った方がいいって気がしてきたんです。
でも、ラーメン屋のある方には駐車場がないのかもしれないし、あったとしても空いてなくて借りれないのかもしれないし、道を渡るなってお店にデカく張り紙出してるかもしれないし、一番心配してるのは店長かもしれない。
だいたい、お店側に駐車場あったら絶対そっち借りてるよね。
でもまじで危ないから、渡るな。
てか、横断歩道あればいいんだよね。市長に手紙書けばいいんじゃない?!前、暗すぎる帰り道に街灯がないから、つけてくれって市長に手紙書いたら付けてくれたって友達が言ってた。それだわ。
でもなあ、ラーメン食いたい奴がお腹を空かせて道をボンボン渡っちゃって危ないから横断歩道作ってって言ってやってくれんのかな?

 

 

◉時間ができたらやりたいこと

 

 

出津京子

リレー日記
2019年4月30日

毎日コレクティブメンバーがリレー形式で日記を書きます。

空白の日もあるかもしれない
気分によって

はじまります!