Ongoing Collective DIARY

あなたの知らない世界
2019年6月28日

凶悪な宇宙恐竜のように硬質な長い首を振り回して、粉塵のむこうで嫌らしいダイダイ色のショベルカーが暴れている。
バキバキバキバキ。
眼に映るもの全て、あらゆるものを獲物として、敵として認識しているのだな。
手当たり次第に躊躇なく、優しさのカケラとて有るわけも無く、執拗かつ的確に、射程圏内なべてをその強靭なギザギザの牙で貪り、粉砕し、食い散らかす。
バキバキバキバキ。
迸るマキシマム・ギガ・ネガティヴ・エネルギー!!
哀れ、逃げ惑うすべを持たないまま、グッタリとなすがまま、微塵に蹂躙されるのは、主亡き後のアトリエと、取り残され、みはなされた物たち。



バキバキバキバキ。バキバキバキバキ。
バキバキバキバキ。バキバキバキバキ。
バキバキバキバキ。バキバキバキバキ。
バキバキバキバキ。バキバキバキバキ。



瓦礫と土埃の隙間からチラリちらりと、美しい色の絵の具の乗っかった画布の切れ端が見え隠れする。木枠ごとたやすく骨折させられ、畳まれて、タンポポの綿毛のようにも軽やかに吹き飛んで散りぢり、小さくなっていく。キャンバスはただの柔らかい布だとぼんやり気がつくが、もう遅い。



よくぞ集めた様々な釣り道具。足の千切れたカエルのルアー「かへるくん」。
バキバキバキバキ。
ロクに弾けないのに沢山のギターとか。切れた弦の白鳥の歌「Born to Lose」。
バキバキバキバキ。
読みもしないのに積んであった立派な書物や、こちらは読み込んだ少年漫画(JC)。
バキバキバキバキ。
やたらと物持ちが良かった衣類。カッコイイ帽子やイカしたジョンソンズのブーツ。
バキバキバキバキ。
あとは食器とか工具とか、買ってから一度も目を向けなかったお土産品とか。
酒の空き瓶、昔のおもちゃ、いつか作品に使うはずだったガラクタなんかも。
レコードとかCDとかカセットも。
バキバキバキバキ。
バキバキバキバキ。



そんな陰惨な光景。白昼の惨劇。公開処刑。セ・ラヴィ。野次馬さえも居ない.
或いはそれはそれでまた、例えばジャン・ティンゲリーの私の大好きな「New York賛歌」みたいにあっけらかんとした情景にでもなるといいな?



ああ。しかし。
なんかウンザリだな。



バキバキバキバキ。
バキバキバキバキ。
バキバキバキバキ。
バキバキバキバキ。



空き地を見るたびに、他人の家屋の解体作業現場を見かけるたびに、
頻繁に心によぎる下降的幻影。我が死後のわたしの知らない世界。



あああ。
才能と運と気力と体力と知力と努力と根性と金と地位が無いなあ、無かったな。
バキバキバキバキ。
ウンザリだなあ。



小川格

2019/06/27 数メートルおきにふりかけ
6時におきて今日申し込み発送〆切のコンペの文章をパソコンで書く。400字以内。昨日てきとうに書きたいこと書いたファイルを開いたら意外と469文字くらいで収まっていて、でも変なことも書いてあるので消したり付け足したりして520くらい。よくわからなくなったので申し込み用紙の記入を進めて、素材になんて書こうかな?グラファイト?グラファイトとは。と調べだすとよさそうだな、と思う筆記具が出てきて、やりたいことに今更ぴったりな気がしてアマゾンで頼んでまた文章に戻るけど眠くなったのでもう一度布団に戻って寝る。一昨日ハンガーラックが壊れたので中身の服を部屋と部屋の間の鴨居?にどっさりかけていて、それをくぐらないと部屋の行き来ができないのでそこをくぐって移動する際尊厳みたいなのがやられるというとオーバーかもしれないけど家の家らしさ、移動しづらさ、人らしさが減じるという実感が湧いた。早く買わなきゃ今すぐ買わなきゃと昨日池ちゃんが注文していたのが正しい。

 

また起きて9時くらいに書類ができたので郵便局に歩いていく。

 

400字詰めの手書きの字がいいんだか悪いんだか、読んで受ける印象について、でもどちらかというと内容をそこなうかも私の字、内容頑張れ、と思って歩く。川沿いに一本長いタチアオイが立って揺れていて正面から見たら1つだと思っていた花が、あるなと思っての実際は横を通る時に茎を挟んで背中合わせに2つ花があった。

 

薄紫色の帽子で首後ろも守られてるやつを被った幼児5人が生垣の向こうで複雑に絡んで見える時に聞こえてくる音がだんだん大きくなると見えた川向こうのマンションが不思議な取り壊され方をしている。中身だけ、空っぽにしたりしていなかったりする部屋がランダムにあって瓦礫がつもっている。アトリエにさせてくんないかな?嘆願書?とか出したら意外とありえるのでは?区民税払ってるし。区民税、こんなに稼ぎが少ないのにこんなに?!と目が飛び出た。疑問。前に住んでた武蔵野市は私が死ぬんじゃないかと心配して、返すわ、という手紙が来て、じゃあたのみます、と手紙を返すとたまに1万円くらい返してくれたりしたきがする。夢か?

  

小学校の脇に生えたピンクの花が可愛いが名前がわからない。名前がわからないとこうやって書く時に記述できない。と思うけど名前を記述できた時にそれを読んだ人が名前を知っていなかった場合、またそこで頭に浮かばないのだから、名前を知っていて書いてしまっても別の不便さがある。全員が知っている言葉はない。だとして全体が8センチくらいで釣鐘っぽい形でピンクの花びら5枚か4枚がくっついてるかんじでピンクの中に赤い筋がちょっと見えるのが茎の方にだんだん流れて赤と緑が混じった色になってなだらかに花と繋がった茎は直径8ミリくらいで切ったらストロー状に空洞になっていそうなかんじで白いめしべがみつまたになって黄色いおしべが見える。と書いても私が思い浮かべているものが頭に浮かぶように書けたかというとたりない気がする。そんなこと言ってもしょうがないんだけど。
個人電気屋の前の地面に「この商店街には防犯カメラが21個設置してあります」と青い油性マジックでかかれた天付け照明の丸い白いカバーが立てかけてある。ゴミっぽい。そうである前にここが商店街だということを初めて知ったぞと思いながらこの寺の前に貼ってある文言この前は「お金あってもあるだけ全部使っちゃダメ」みたいなのでなんかちょっと変というか本日も期待、と見ると「この泥が あるからこそ咲く 蓮の花」ってBUMP OF CHICKENの感動させ方とおなじ方法を使ってくるかんじ。
キリスト教の図書館の柵から出た葉が数種、数メートルおきにふりかけみたいに道路にぱらりと落ちている。柵の向こうに誰もいないところで、パラ、と落ちる瞬間があったから、カミキリムシみたいな謎虫の仕業だったら可愛すぎると期待するがしばらく先に同じ様子に木を切るおじさんがいた。パラ、と落ちていたのはおじさんの余韻と風だ。

 

150字でスクールの授業の紹介を書かなきゃいけない締め切りが過ぎていて、そしたらツイッターぷらす10文字の感じで考えたらやりやすいかな、と思ってツイッターの画面で書く。寝ちゃう。起きてなんだか、と思いながらまとめて、文字数超過で書けなかった部分が一番言いたい説、コピーされていってメールにペーストされた他の説明に取り残されたその部分「化石は発掘されるために化石になるわけではない」をそのまま投稿した。

 

 

暑すぎてシャワー浴びる。

水貼り。やりながらやり方を思い出して失敗してやり直したりして見積もりよりも時間が全然かかった。

 

家にいようか迷うが、結局焦ることになるのだからと思って、冨井さんの展示を見に行くのと、そこでれいこちゃんと合流してその後打ち合わせできるね、となる。日暮里はフィクションめいていてこんなところに普段暮らしているひとがいるのかな、と思って言った。

 

吉祥寺でうどん食べ終わらなくて焦る。
高石さんにきてもらって合流。迂闊にここに意味を結ぶことを書くとなんかもう書けなくなりそうだから書かない。自分の知性の無さに暗い気持ちになりかける。今回のことが具体的にどうなるとしても蓄積という言葉が刺さっていて蓄積したいなという気持ちは強い。
反射みたいな感じで作っていくのだと無理が来るというかたんじゅんにうまくいってるのかそうじゃないのかわかんなくなってったりって気がする。去り際「冗談だけど全部ぶら下げて反重力とか!」と言ってガハ!と笑っていて笑ってしまう。
帰宅していでつさんの「圧倒的日常2」読む。

日記書く。
眠い。
齋藤春佳
圧倒的日常2
2019年6月27日

 

 

 

おつかれさまでーす。ぁおつかれさまー。暑くなりましたね。プールの時は寒そうだけど。うん、なんかもうなむははあやねー。

……イラストレーターさんなんですか?なんか聞いたー。え、いやいや、イラストはただ趣味で。昔ウェブの仕事とかしてたってだけで。あ、そうなんだー。なんかイラストレーターってことになっちゃってる。うん、イラストレーターだって聞いた。笑。ほんと趣味。へえーそうなんだ。

……わたしも絵を描くんですよ。趣味っていうかまぁあれなんですけど、、えー!そうなんだ!なにで描くの?油絵とかです。えー!すごいー。こんど教えてもらいたい。

学校とか美大?うん、たまび。えぇーすごい。尊敬ー。美大ですか?ううん、たまびに行きたかったんだけど、受からなくて、くわざわ。ぁくわさわなんだー!へえー。実家が南大沢だから、たまび行きたかったー。あっちの方に住んでた?うん、橋本に住んでた。橋本のTSUTAYAわかる?あ、駅の?そうそう、あそこで四年くらいバイトしてた。えー!じゃあ会ってるかも。ねー。でも何年卒だろ?2009年卒。うーん、雨宮さんとか知ってる?えっ?!?!雨宮庸介さん?ううん、ようすけさんじゃないなあ。あと誰かいたかなー。丸山さん?とか?予備校のときの友達とかけっこういるんだよね。へえー。予備校どこですか?トウリンってゆうとこ。えー!!わたし講師してたー。えーー!!すごーーーい。うん、卒業してから少し。てか講師?!ってめっちゃうまいんじゃん。いやー、ハッタリですけどねー。いやいやー。先生とかすっごいうまかったもん。すごいわ、レベル違う尊敬ー。でもビックリこんな偶然あるんだー。学校はまだしも登臨知ってるとわ。狭いからね〜。いやーすごいびっくり。こんど絵見てみたいなー。いや〜はははは。

 

 

出津京子

パスポート、政治と芸術
2019年6月21日

昨日(19日)は小川さんと飲んでて盛り上がって終電を逃し、はじめてレジデンスに泊まった。

 

五時半くらいに起きだし、家に帰ってまた寝る。昼頃起きて期限が切れたパスポートの再発行を申請しに、相模原の実家の方に行かなきゃいけない。

 

そこまで二日酔いではないけど、駅前の「くじら食堂」でラーメンを食べて、元気をだす。醤油ラーメンなので二日酔いには優しい。(ラーメン食べれるのはそこまできつくない。きつい時はまずコカコーラ、その後かけうどんを食べるしかないというのが長年の研究のファイナルアンサーだ)

 

むくんだ顔で写真とか撮りつつ、それでも結構スムーズに申請終わる。

 

久しぶりに実家に帰って、明日(21日)のオンゴーイングのイベント「政治と芸術」の参考資料になるかなと思っていた香港アーティストユニオンの人の文章を翻訳してみる。たまたま知り合った香港の作家がシェアしていて、なかなか良い文章だなと思って小川さんに提案してみたら、オンゴーイングとエクスチェンジプログラムを始めた張本人だといわれて驚いた。

 

訳してみるとかなりインテリ感のある文章で、どうかなあ、オンゴーイング向きかなあという疑問にかられつつ、結局日を跨いでしまってから訳し終える。

 

もう21日のイベント直前になってしまったけど、とりあえずここにも載せときますね。興味あったら読んでみてください。まんま「政治と芸術」が主題になっているので、共感できるかもしれない。

 

香港にいる、香港と共にあるアーティスト、アーティスト志望者、アートに触発された人への公開書簡

 

アートを作り出す人、アートを成り立たせている人へ

 

私たちは今、アートにおいて、アートと共に、アートの為に、アートとして行っていることをプロテストに参加する為に中止しなければならないような試練の渦中にいます。これは以前にも起こって、今また起こり、そしてこれからも何度も起こるでしょう。

 

互いに肘を組み合って行進するために今抱えているものを一時中断し、予定を繰り合わせるという行いは美しく、やむにやまれず、またとりわけ危機的状況においては緊急的に必要となるでしょう。私はこの手紙をそれを非難するために書いているわけではありません。全くない。私はプロテストの為にアートをないがしろにしなくてもよいという事例を作り出そうと、これを書いています。我々は両方を同時に行うことができるはずです。いやむしろそうしなければなりません。

 

私の考えはこうです。アートはプロテストのために時間と空間を作る為に停止されてはならない。私はプロテストとアートが真の意味において二分法となると考えることを拒否する。私は真の意味においてそれらが相互に排除的であるかのように、片方をもう片方よりも重要なものとして選ぶことを拒否する。軋轢は路上にある−それぞれの体に、失われてしまった体に、争点に。アートに携わる私たちへの試練はより大きくなっていくでしょう。我々はプロテストからだけでなく、アートからも必要とされています。我々はプロテストする身体になるだけでなく、しなやかで、感覚的な身体になる必要があります。描く、塗る、踊る、動く、跳ぶ、触る、笑う、口笛を吹く、夢見る、ぼんやりする、質問する、考える‥‥私たちが行ってきたこれらのことは私たちが自己規定する(rule ourselves)、その自治のあり方をより良く豊かにすることができるでしょう。

 

私たちは私たちを支配しようとしてできない者たちと向かい合っています。彼らは名付けられないものを押しつぶつすことで支配します。もしくは彼らは彼らが恐れるものを名付ける(縮減し、コントロールする)ことで押しつぶし、彼らのナルシスティックな侮蔑の対象に格下げしようとします。自らを規定するために、私たちはもっと上手くやらなければなりません。

 

支配しようとする者たちは絶えず夢想家を殺したいと望んでいます。これは人間の歴史でいつも起こってきました。彼らの不安や無意識を見通す人たち、自由な精神には境界線がないことを知っている人たちを恐れるからです。自らを規定するために、私たちはもっと上手くやらなければなりません。

 

アートは安全ではありません。独裁政府が全てのことに要求を突きつけるとき人間の根源的なものが全て安全でないのと同じように。もし自らがアートに必要とされているということを忘れさろうとしているならば、私たちは専横的な権力に人間性の根幹を破壊されようとしているのでしょう。自らを規定するために、私たちはもっと上手くやらなければなりません。

 

プロテストは異議を唱えるのたった一つの形ではありません。アートもまた、規範を減らし、異なった考えを主張することによって異議を唱えることができます。私たちは社会によって統制された日常の行動をストライキすることで、社会に浸透している専横的な権力に反抗することができます。しかし私たちはアートにおいて、アートから、アートを通して想像し、思考し、心に描きだす力をストライキすることはできない。私たちの生をストライキできないように。異議申し立てとしてのアートを維持していくために、自分たちが何者であり、自分たちの最も巧みなことを示して立ち上がるために、私たちはより強く試みなければなりません。これもまた、自由と自己決定の為の戦いです。自らを規定するために、かりそめの二分法からくる偽の選択を自らに強いてはいけません。自らをよりよく規定するために。

 

もし私たちがアートの中にある自らの存在を、もしくは私たちの能力の核であり、未来の可能性であるアートという手段を捨て去らなければならないとしたら、誰も私たちを救うことはできず、またアートを守ることはできないでしょう。アートこそが最も明らかにすることができる人間の本質、ニュアンスや複雑さ、不確定さから目を背けていけません。自らをよりよく規定するために。

 

あるアーティストの友達がジョージ・スタイナーの箴言を太平洋の向こうから送ってくれました。「ある美と慰めについてのインタビューでジョージスタイナーは1937年のソ連の作家会議について語っている。その会議では作家はスターリンに忠誠を誓うか、さもなければ逮捕されてしまう状況だった。パステルナークは沈黙を守っていたが、それでも逮捕されるかもしれなかった。最終的に、彼は立ち上がりシェイクスピアのソネットの番号を引用した。2千人の人々はそれに応えて立ち上がり、そのソネットのパステルナークによる翻訳を暗唱した。このエピソードは教えてくれる。私たちに触れることはできない、シェイクスピアを、ロシア語を、そして心から学びとったことを破壊することはできないと。」

 

ヴァーツラフ・ハヴェルの言葉もまた鳴り響いています。「社会を『上から』観察している人々はせっかちになりがちだ。かれらはすぐ現れる結果を求めている。すぐ結果を生み出さないものは愚かだと断じてしまう。彼らは年月が経ってからでないと評価できない行為、道徳的な要素によって動機づけられている行為、何も成し遂げられないリスクがある行為に共感することができないのだ。」

 

私たちの本能はこれは取る価値のあるリスクだと告げています。私たちは愚かなままでいることができる。「この極端なエネルギーのあり方、本能の統治、直感の徴用システム、それこそが芸術家のしるしであるが、それを名付けるための正しい言葉をまだ我々は手にしていない。」(ジョージスナイダー、「真の存在」)

 

このエネルギーが我々を手放しませんように、我々がこのエネルギーを手放しませんように。

 

行進の中で、ストライキの渦中で会いましょう。もっと多くの行進を、もっと多くのストライキを。

 

楊陽
2019年6月14日

#香港藝術家工會

 

翻訳:高石晃

原文はこちら。(英語あり)

立場新聞 Stand News: 一封致現正/有志從事藝術、受藝啟發的香港人以及與香港同行者的公開信

 

高石 晃

5/19
2019年6月19日

日記なんて今まで書いたことがなくて、(正確には書こうとしたことはあるけど続かない…。)日記の話が回ってきた時は、困ったなぁこりゃ。という感じでした。だって恥ずかしいじゃない?
(と言いつつおしゃべりだから書くよ。)

最近は仕事が少し変わって、何だか世の中不思議だなぁ、なんていろんなところにギャップを感じちゃうけど色んなところに色んなタイプの溜まりがあるのかなぁなんて。1つの組織に入るとその中で求められる姿勢が何かしらあるから、ちょっとまだ馴染めなくて大変です。
だから最近は日付が変わる前には記憶が飛んじゃって夢の中です。夢は全く覚えていません。朝は5:30〜6:00くらいに起きます。人生の中で今一番早起きスタイル!それはとっても面白い!(えっ?みんなそれ普通?)でも夜は眠くて大変!みんなの睡眠事情が知りたくてたまらないよ!

仕事が終わってぼんやり帰りながらあるアパートの出窓にいる猫ちゃんに会うのがとても幸せです。ついいるか見ちゃいます。今日も会いました。目が合ってくれるようになって嬉しかったです。
あと、今ちまたで流行りの作り置きライフは私の性にはあまり合わないようです。毎日永遠と作ってしまいそう。(でもたまにパタリと何も作らなくなるよ。)ちなみに大したものは作れません。
最近までレンジがない生活だったので(!!)こないだやっと買ったレンジでお肉を解凍しました。まだ癖がわからないのでまだ色々試してみる予定です。楽しみ楽しみ◎

あとさっき調べたものはお米の消費量。サイトにもよるけどうちのお米の消費量が高いなって疑問が確信に変わりました…!女性以上男性未満の食べっぷりのようだ…!いつもお米ばっかり食べちゃう!お米美味しい!

あと、美味しいパン屋さんとケーキ屋さんは常に探してます。食い意地。
本もネット通販で買った。

ぅ〜ん、これって日記?でも交換日記って相手がいるからまぁ良いか。

あっ!今日は職場で午後に仕事のチーム?にケーキを買いに行くお仕事をしたのと、別の階から年下の子に(ほずみちゃ〜ん!ご機嫌よう!)って声かけられたから誰だがわからなかったけど(ご機嫌よう!)って返しました。

宮本穂曇

2019年6月17日
2019年6月17日

6月17日前橋、快晴 強い風
今日はお休み。
昨夜は勤務先でのオープニングパーティーがあったため、深夜帰宅。
朝、起きると体が重い。
早く寝ればいいものの、今見続けているドラマ「おしん」を何本か見たためか、3階までの往復を何十本したためか。。。おお、日記っぽい。
 
数週間前に阪中くんとの会話でもうすぐ自分の回が周ってくると知ってから
人に読まれることが前提の「日記」についてぼんやり考えていた。
旦那さんは「日記のネタがない!」と言っていたり、えみちゃんは飲んでいるときにも「今日の日記私なんですよー」などと、それぞれの日常の中でこの日記に関する比重の大きさを感じていた。
 
「読まれることが前提の日記ってなんだ?」
若かりし頃書いていた日記は、引っ越しのごとに捨てた。
荷造りの段階で読み返し、あのどうしようもない恥ずかしさ。
体全身からヒョーってなるかんじ。
ましてや、自分に何かあったときにあの恥部の塊だけが残るかと思うといたたまれない。
結局、書くことで得られる自分との時間よりも恥ずかしい自分との対峙が嫌で、書かない持たない残さないと。
 
妹が「お姉ちゃんはさ、いちいち気にしすぎ!。そんな小さいこと気にしとったら
早死にすらいぜ(富山弁)」と炊きたてのご飯を食べなが冷たいカフォオレを飲み氷をガリガリかんでいた。
そう、結局は「気にしい」なんだと。スプーンの口に当たる角度とか、白米とカフェオレの組み回せとか、他者からのイメージとか。
あぁ、なるほど。だから私は作家になれなかったんだな。
 
もう、17時22分!やばい。旦那さんが帰ってくる。
土と戯れたラクダさんのお湯の準備をしなければ!
 
中 一恵

偶然
2019年6月16日

私が日記を書くときは大概メランコリーな気分のときで、なんとか抜け出そうと日記に書く。そのときに響いた音楽や景色、助けてくれた人の言葉などを綴って頭ん中でループさせる。今はそんな気分ではなかったけれど、今日はそんなときのことを思い返していたから、2年前に亡くなった二人の友人の生き方を思い出していた。そうそう、昨日開催された2年前と同じイベントの片付けをしているときに一人の訃報も聞いたんだった。そういう時期なのかな。
 

今日はお休みだったから、京都へ『セレブレーション ー日本とポーランドとの現代美術展ー』を見に行った。道を間違えて大阪方面にぐるりと大回りして、車の中では久しぶりに金氏さん作品ジャケットの蓮沼さんのCDを聴きながら、京都についた。京都も久しぶり。1月に山下拓也くんの展示を見に行った雪の日以来かな。会場の一つであるザ ターミナルキョウトは初めて訪れた。いわゆる京都の町家を使ったところで、美術館やギャラリーではないけれどそれは美しく整った空間に展示されていた。出ようとしたところで素のちびガッツさんに偶然あった。小宮太郎さんがOngoingで展示をしていたときに、花と鼻の手作り衣装を纏い、顔も緑でペイントして登場した彼。私も初めて会ったからその姿にどう反応したらいいのか戸惑ったけれど、「Ongoing冷たかった・・」と言っていた。その後、京都芸術センターへ向かった。徒歩10分位でつく。京都芸術センターでは、1階から4階の普段は展示で使わない場所など多くの部屋で開催されていた。結構なボリューム。まず入ってすぐにコンタクトゴンゾの映像作品97分でつまづく。展示の部屋を回りながら、ここで昔亡くなった二人と会ったことがあることをまたひっそりと思い出していた。小泉明郎さんが展示していた和室は、広くてモダンな照明が天井から吊るされていた。上映時間54分だったけど座布団の上でゆったりと見れてあっという間に感じた。階段でOngoingに展示を見に来ていた外国人と偶然出会う。向こうもびっくりしていた。そろそろとロームシアターに向かう。ロームシアターは会場としてなんで入れたんだろうと不思議に思った・・。ということで展示は終了。併設の蔦屋で本をいろいろ見つつ、久しぶりに服つくってみようかなと思った。夜はワインを飲んでチキンを食べた。
 

なんだか思い出したことがごちゃごちゃに錯綜して動悸がとまらなかった。散歩して私の大好きなねじ花を見つけた。相好を崩してそういう時期だなと思った。
 

たこ

6/15

朝7時、マイサン草太が既に活動を始めて、ひとしきり1人で遊んだのち退屈して泣き出したので起きる。

9時。いろいろあってバイトの一環で群馬のフリーペーパー(クーポンがいっぱいのってるやつ)の隅っこにコラムを書くことになって、育児に関する雑感などを書いた。その校正が送られてきたので確認する。
「赤ちゃんに、パパとママどっちが好きかと聞けば、どう考えたってママがいいに決まっているんですよ」という政治家の発言について触れてる箇所がゴソッと削られてた。
我が家で、パートナーがフルタイムで働くようになって、僕が子供を見るようになってから、子供にママと呼ばれるようになっている。その事を踏まえると先の発言はいやぁー的を得てますねー感心、と書いたのだけど、やっぱダメだったかー。
あとイクメン、という単語に対する僕の呪詛みたいな感情を文章に混ぜ込んでみたけれど、やっぱり削られていた。

11時、前日に絵美ちゃんに借りたレインコートを入れる袋が無くなってると怒られる。ものは大事にせねば。。。
13時。駅伝芸術祭の記録写真のセレクト作業をする。匍匐前進する佐塚さんのカットが日めくりカレンダー2年分ぐらいある。
15時、草太とダンボールで遊ぶ。玩具以外のもので遊ぶ方法をプレゼンテーションするときのみ、自分が彼より28年長く生きていて、この世界について詳しい存在だと感じる。
17時。レインコートの袋はそもそも受け取っていないという事が発覚する。遺憾だ。
19時。前橋のアートスペース、ya-ginsに行く。アーツ前橋のレジデンスで来たアーティストのジェミニのウェルカムパーティー。
日本におけるポストコロニアル料理としての肉じゃがの話を聞く。イギリス海軍を経由しないベトナム・琉球経由のカレーが九州地方に残っている、という思い付きを話す。
パーティーの主催者が数日前、施工の仕事中に作業用エレベーター(?)のカゴごと落下したそうで、お尻に残った巨大な痣を皆で鑑賞する。ロールシャッハテストのような立派な痣だった。
帰宅。草太の寝顔を見て多幸感を楽しむ。この感覚は、なんというか僕が個人として幸せである、ということより種の生存戦略の一環として育児の対価にセッテイングされている脳内麻薬という感じがする。
27時、寝る

阪中隆文

6月13日の日記: 翻訳とマラソン
2019年6月14日

楽しみにしていた日記、日付が変わる前に時間に余裕をもってPCで書く予定だった。電話が鳴らない日もあれば、次から次と飛び込んでくるような日がちょうどこのタイミングで、結局徹夜明けのぼうっとした頭に夏に向かうところの朝陽を受けながら、iPhoneから両手の親指で打っている。

さて、6月13日のこと。
どうしても今日中にカンボジアの翻訳の最終チェックを終わらせたくて、今朝も3時くらいまで粘ったが寝落ち。仕事も気になって、また香港の昨日の逃亡犯条例改正案反対のゼネストの警察の徹底した暴力の様子も心配で、普段より早く9時頃目覚め、テレビのニュースに目をやる。

白湯を飲み、カットされたキウイとスイカを食べつつ、コーヒーを入れる。翻訳のチェックを午前中には終わらせたいので、5〜10分しかないとわかりつつ、タブレットで『ゲーム・オブ・スローンズ』シーズン5エピソード5「壁の決断」の続きを再生しつつ、シナモン・ロールをかじる。アイルランドがロケ地となっているようで、旅の予習に観始めた。だらだら観てしまわないように、食事が済んだら、停止を押すことにしている。今日は停止を押せたが、時間に余裕があるときで、あまりに残酷なシーンや悲しすぎるシーンでエピソードが終わってしまうときは、つい次のエピソードものぞきたくなる。多分自分は登場人物の良心や正義を求めてしまい、少しでもその様子が感じられると安心して現実の自分の進行に戻っていける。

同じ道を複数回通るのが苦手で、下訳が終わったものを初回に自信がなかった箇所を再考しながら、一字一句最終チェックする作業は、毎回マラソンのようで、ハイ、ラストスパート!と思いながら目を通す。1回で完璧を目指すべきだが、毎回少なからず書き損じを見つけたり、初回より収まりのよい訳に落ち着いていくので、その道はいつも通るしかない道。

無事翻訳最終チェックも終わり、本当はうどんを食べたいところだが、高円寺の美容室menosの予約もあるので、朝ドラ『なつぞら』を横目に、冷凍のグラタンをこれまた10分で食べる。タイミングよく高円寺駅行きのバスに乗れ、アイルランドの経由地オランダの旅の予習で司馬遼太郎の『街道をゆく オランダ紀行』の続きを読む。今はレンブラントの「夜警」は肖像画を集団で割り勘していたというくだり。

さて、もうすぐタイムアップのようなので、お知らせです。
昨年トーキョーアーツアンドスペースのレジデンスで来日していたカンボジア人アーティスト、リム・ソクチャンリナさんが滞在時に日本のカンボジア人コミュニティをリサーチし、撮影した映像作品の字幕のお手伝いをさせて頂きました(上記の翻訳とはまた内容は違うのですが)。トーキョーアーツアンドスペース本郷で開催中の「トーキョーアーツアンドスペース レジデンス2019 成果発表展 “予兆の輪郭”」で7月7日(日)まで展示されています。気になる方はぜひ。

本間順子

落ち込んだり直ったり(舞台美術)
2019年6月13日

こんばんは!オンゴーイングコレクティブの凡人担当・二藤です。

去年の夏に脱サラしましたが、以後3度の展示で作品も思うように売れず、子供の送り迎え、家事育児、日雇い労働、夜勤とズルズルなこの頃を過ごしております。うーん、凡人!

 

この生活、思いのほか自分の時間がとれないもので、むしろサラリーマン時代の方が動きやすい部分もあったかなとすら思っています。サラリーマン兼アーティストがパートタイマー主夫兼アーティストになった感じでしょうか。結果としてアーティスト業も主夫業も中途半端になっているというか、そんな感じです。展示があれば全力で臨みたいのですが、その会合も保育園のない土日や平日夜がほとんどだったり。(コレクティブ内保育所作りませんか?希望メンバーで保育士資格とかとって。)

 

僕の脱サラを期にフルタイムに転向した妻の負担も大きくなり、家庭内での軋轢もさらに大きくなり、昨年の決断(脱サラ)は間違っていたのか?という気持ちになることもあります。近くこの家庭内体制は見直さざるを得ないでしょう。

 

せめて今取り組んでいることが実を結んでくれれば良いのですが…なんでも途中というのが一番辛いです。うまく身動きが取れないのを環境のせいにして思考停止してしまったり、時折自分が情けなくて嫌になりますねー。

 

 

ネガティブな内容になりそうなので、脱サラして良かったことを3つあげたいと思います!

 

 

 

 

ひとつ!

 

まず子供との時間が増えました。子供達の成長を日々感じられるというのは嬉しいもので、もう、これだけでも仕事を辞めて良かったです!

 

 

 

 

 

 

ふたつ!

健康になった気がします。社員時代は2つの異業種店舗を任されており、結果15時間労働が週6~7日という激務でしたから、プチ脳梗塞のようなことにもなり、身体への負担が自覚できるレベルでした。その頃に頻繁に起こっていた視野の欠損といった症状がここ半年は起こっていません。健康第一。

 

 

 

 

 

 

みっつ!

脱サラして一番良かったことは、住宅ローンが通ったことです。??

これはどういうことかというと、社員時代の5年間、僕がローン申請しても銀行からの融資が下りなかったのですが、妻がフルタイム労働者となり(まだ一年目)、妻の名義で申請したところ、なんと一発で通ったのでした。

アーティストとして確定申告をしていたため、収入にばらつきがあったのと、僕個人の信用情報(携帯料金未払いなんかもかなり重いらしい)なんかの関係でうまくいってなかったようなのです。

これは正確に言うと妻が就職してくれて良かったこと、ということになりますね。僕と同じく貧乏人ほど持ち家を持つべきだと思っている自営業の皆さんは是非参考にしてください。

家が建つのは8月で、埼玉県の嵐山町というところで、同じコレクティブの高橋さんのとこの隣町となります。高橋さん、子供をたくさん遊ばせましょうね。皆さんも自然豊かなあの辺に是非、遊びに来て下さいね。

 

 

 

告知させてください!!

 

 

大駱駝艦を退艦した阿目虎南くんの単独公演を舞台美術という形でお手伝いさせてもらっています。

公演まで一ヶ月を切りました!かなり良いものになりそうですので、是非みなさん、ご予約お願いします!!!!(うらさん早速のご予約ありがとうございます!!)

 

下記開催概要です。

 

 

阿目虎南  新作単独舞踏公演 「 純血」

Conan Amok new solo Butoh show  “The Ichor”

上記の公演をこの度、高田馬場にある老舗劇場 プロトシアターで上演する運びとなりましたので、お知らせ致します。舞台美術に美術家・二藤建人氏を迎え、壮大な空間演出を設えた新たな舞踏領域の幕開けを是非ご覧ください。

振付・演出・美術・音楽・衣装・出演   阿目虎南

choreography/ direction/ art/music/ costume/ dance: Conan Amok

照明・舞台美術  二藤建人

lighting/ stage art: Kento Nito

2019. 7/5 Fri.-7/7 Sun.

プロトシアター  PROTO-THEATER

http://prototheater.la.coocan.jp/

5(金)20:00-

6(土)14:30-  19:30-

7(日)13:00-  17:00-

開場時間は各回30分前

料金  前売 3000円  当日 3500円

price: adv.¥3000 door.¥3500

ご予約・お問合せは二藤まで!!

Nitoken.210@gmail.com

もしご都合つきましたら、ご連絡お待ちしております。

ご期待ください。

プロトシアター

東京都新宿区高田馬場3/38-3

JR・地下鉄東西線「高田馬場駅」より徒歩13分

 

宣伝しちゃいました。これでおわります。

 

二藤建人