Ongoing Collective DIARY

a頭かな柔さはら―近況
2019年5月17日

4月27日

おとうさんにいいたいこと

おとうさんしょあきねんこえいき

たい

 

4月29日

おとうさんさき

せんたくきが

こわれてげ

すいにはいて

とおもてちがた

けどあのみず

おぬいたのにび

くりしてこわくて

ないちゃたよお

とうさんのせで

 

5月2日

おとうさんにいいたいこと。

おとうさん

きょうかみなりもふるか

らきよつ

けてね。とばす

よるかゆうがた

 

5月6日

おとうさんさっきおべんきょう

のおてつだいやても

いいよていたのにだめ

ていてほんとわさいしょ

だけおとうさんういちゃん

のおべんきょうおてつだい

てつだうていてたのにそのほ

かわだめていてたけどほ

んとわてつだうていてたん

だよねおとうさんわそういて

たんだけどういちゃんわだ

めていてたとおもてだけど

おとうさんわそいてた(ハート、星、ハート)

(青虫、汽車)おとうさんだ

いすき。(ハートのバッグ、普通のバッグ)ぬりえ(ハート、星、ハート)

 

***

 

老人とプリウス

 

マッドマックスみたいな世界観で

でも舞台は砂漠じゃなく海。

老人たちは皆プリウスを改造して海を走っている。

子供をみつけてブレーキと間違えてアクセル全開して轢くとカジキが釣れる。

釣ったカジキをトランクに入れるが大きすぎて入りきらないので、バックドア開けっ放しで家に帰る。

轢いた子供が後ろからゾンビのようについて来てカジキを寿司にして次々と食べるので、家に帰ったらカジキは骨だけになっている。

みたいな話。

陳腐~。映画化決定~~。

 

ちなみに70を超えるじいじ(僕の父親)も

プリウスに乗っています。

 

要するに、いろいろと心配。

 

***

 

5月16日

かぜはかり。

→おねつ。

→かぜ。

→げんき。たいよんけーなし

→しむ。あいして。

→こせつ

げぼ

ぼえぼぴ

 

かぜはかり

め、みえない→

めが

みえ

ない

よー。

 

 

***

 

5月17日

で、車通勤。今日は中野と新宿区内の現場計3件。安全運転DEATH。

延長保育でお迎えに行ったら一番最後だった。

明日は保育園の親子遠足。みんなで狭山公園に行きまーす。(昭和記念公園じゃないけど楽しみだね)

 

東野哲史

朝の身支度うんぬん
2019年5月16日

5:45 1回目の目覚ましが鳴る
5:55 2回目の目覚まし鳴って、その音で起きたのか猫がゴロゴロ喉を鳴らしながら寝ている私の体に飛び掛かってくる。
6:00 3回目の目覚ましが鳴る、いよいよタイムリミット起きる。生島ヒロシのラジオをつけながらシンクに溜まった洗い物を片付ける。足に猫が絡まってくるので餌をあげる。ラジオでは70歳雇用の安定の話。70歳までこのまま働くの辛いな、私が70歳になった時は80歳まで働かされそうだな、退職金だって無いし年金だけではどうしょもない、老後なんてない。その前に来年も今の仕事更新してできるか怪しい。朝、生島ヒロシのラジオをつけて身支度するのは家に壁掛け時計がないのとテレビが見れないので時間がわからないから。最近の生島ヒロシのラジオは政権に寄っているコメンテーターが多いようでなかなかどうして朝から同意しかねない内容もあったり、もやっとする。以前の方がバリエーションあるコメンテーターが多かったように思える。荒川強啓デイキャッチも突然終わったし、永六輔の新世界の放送が懐かしい。それでも朝生島ヒロシのラジオをつけてるのは、6:30番組が終わる10秒ぐらい前にちょっとした小話を入れつつHave a nice day!good luck!!で結んで終わる疾走感。これは神業。そんなどうでもいい話してて最後言えるの?っていう緊張感の中やっぱりちゃんと言えた!という時と、たまにゲストの話が長くて言えない回があったりする。生島ヒロシが夏休みなんかでいないときはTBSのアナウンサーがピンチヒッターで登場するけど生島ヒロシに勝るHave a nice day!good luck!!を繰り出す人はいないのだ。そして今日の生島ヒロシのHave a nice day!good luck!!は普通だったが安定感があった。
6:35身支度も終わり通勤が始まる。通勤時間約2時間。それでも電車は座れるので、1時間は睡眠時間みたいなもん。
駅まで乗るバスの運転手は65歳は過ぎているようにみえた。今日は雲が多めだけど晴れている。

片山真妃

どちらへ?
2019年5月15日

8時。強烈な騒音で目がさめる。朝の5時ぐらいまで飲んでいたからもう少し長く寝ていたかったのに。音はレジデンスの隣にある巨大な鉄柱の方角から聞こえてくる。なにやら作業が始まったようだ。そういえば、一昨日の昼ぐらいにピンポンが鳴って、ドアを開けると着古した作業服を身に纏ったおっさんが、今度鉄柱の塗装作業をしますからよろしくと言っていた気がする。彼から沸き立っていた酒とタバコと加齢の匂いが強烈すぎて、そのお知らせは全く頭に入っていなかったようだ。そして、あの堪え難い匂いが、鼻の奥の方に思い出され、もう寝ていられなくなってしまった。
9時。一階に降りると、Ongoingで今展示している飯川くんがソファーで寝ている。机の上はウイスキーと炭酸水と氷の容器。昨晩、彼と個人的な身の上話を色々としたんだったっけ。おはようと挨拶をして、作り置いていた豆乳で作った豚汁を温め、ハムを敷いた目玉焼きを焼いて二人で食べる。昨日の続きをとばかり、とりとめのない話をしていると徐々に目が覚めてきた。レジデンスで作家と交わす、こうした何気ない会話が好きだ。その人となりが見えるから。
11時。今日は水曜日だから大学で講義をする日。飯川くんともう少し話をしていたかったけど急いでシャワーを浴び、黒のラモーンズTシャツに袖を通す。気合い装着。エンジンをかけて西へと向かう。1時間ぐらいのドライブ。大学への道程は、両親が暮らす実家のそばを通りすぎるのだけど、その昔、よく兄と通った釣り堀が目に入ってきた。どうやら随分前に潰れてしまった様子で荒涼としている。ふと、釣り堀の店主の右手の薬指がなかったことを思い出す。いつも罪悪感をもって、その薬指を盗み見ていた記憶が脳裏に浮かぶ。
12時。大学に到着。教職員用の学食で昼飯をとる。8階建ての最上階にある食堂で、眺めは悪く無い。多くの講師や助手たちが楽しそうに話をしながら食事をしている。一人で食べているのは自分ぐらい。20年以上前、学生としてここに通っていた時と変わらない。ただ、当時も今も、一人で食べるのは嫌いではなく、むしろ気分がよい。寂しいのが好きなのだろうか。色々な人がいる。
13時。授業開始。京都から出てきたばかりという生徒の発表。なんでもいいから自分の興味のあることをみんなにプレゼンしてくださいという課題。彼女は枯山水について熱く語ってくれた。中世民衆社会においては、造園に従事していたのは被差別民であったという話が印象に残る。学生たちは自分の知らないことを色々と知っていて関心させられることが多い。しかし、自分が大学で講義をするようになるだなんて、学生の時は思ってもいなかった。
15時。帰りがけに実家による。この春から、甥っ子が大学に通うために上京して、自分が昔使っていた実家の部屋を彼が使うことになった。その部屋に長らく置きっぱなしにしていた荷物を全て片付けなければならず、今日もそのために寄ったのだ。昔撮った写真のアルバム、日々の気持ちを綴ったメモ帳、MDやビデオのカセットテープ、当時着ていた洋服、哲学や美術の本、その他もろもろ。一つ一つに膨大な量の過去の記憶が詰まっていて、それが思い出されるたびに、どうしてだか悲しい気分に襲われる。どれも悲しい過去なわけではなく、むしろ愛おしいものなはずなのだけど。まあ記憶とはそんなものなのだろうか。甥っ子は、昔の自分と同じ大学に入学したのだけれど、彼も20年後、同じような感覚に襲われたりするのだろうか。緑が生い茂った実家の庭を見つめながらそんなことをぼんやりと考える。それぞれが作り上げた膨大な記憶の集積は、最後には何処に消えていってしまうのだろうか。
16時。吉祥寺に戻り、二人の娘のお迎えに行く。世界で一番大切なもの。レジデンスで、妹の宿題を見てあげた後、お姉ちゃんを英会話のレッスンへ。恰幅の良い外国人の女性講師が「You like Ramones?」と話しかけてきて「Sure」と即答する。悪くない。1時間の待ち時間の間に夕飯の食材を買ってしまう。赤いパプリカとバジルとナス。レッスンが終わり、娘たちを、もう自分は住んでいない二人の家へと送り届ける。バイバイ、マイ、エンジェル。
19時。Ongoingに顔を出す。テラッコ数名と、飯川くん、春佳、そして大木さんがいた。少し話をして自分の家に戻ってきた気がする。さて、漸く自分の時間がやって来た。仕事をしないと。
20時。レジデンスにもどり、鏡を前にして、そこに映った顔を見る。あれ、こいつは誰だっけ?

 

小川希

時間を爪弾くことができたらいいのに

この人と会うのは、これが最後じゃないという感じがちゃんとする。外国で友人ができるとそう思う。だからこそ、なんとかさよならできる。(また会おう!でも、Instagramであなたが山を登ったりイカを釣ったり服を作ったりした写真を見ることができるなら一生会えなくてもいいような気もする。)とにかくお元気でね。

赤ちゃんは、後でとか明日とかがあるってことを知らないから、全部のことが最後みたいに感じているらしい。(そして赤ちゃんが明日を獲得すると、約束を交わしあう言語的、社会的な存在に変身する。)

赤ちゃんじゃないけどそういう感じ方をしているらしい友人がいて、カレンダーや新幹線が苦手な彼は、どんな風に時間や場所を捉えていたんだろうな。

 

わたしは遅刻癖がある。なんでかわからないけど、飛行機にすら乗り遅れてしまう。もーやだ。約束事が近づくと、楽しみにしていたことでも途端に崖っぷちみたいな気持ちになってしまう。間に合わないといけない、と思って、緊張してしまう。ていうか、これを書いてる今も遅刻してる。さらに、加筆している今すらも。走る新幹線の掴まれるところを見つけて、なんとかつかまってるけど振り落とされそう〜でも捕まってるうちは安心、みたいな感じがする。短い時間のことを考えるとほんとーに息がつまる!ほんとうに、遅刻ばかりしてすみません。わざとじゃないんだよ。。

明日に頼りきって時間を引き延ばして生きている感じも持っている。今のこの時間は今なんかではなく、昨日と10年前で構成されている。ずっと追いつけずに、昔の日記をまだ思い出しながらたまに手を入れたりしてる。そんなの日記ではないだろ!しかし楽しい。(続く)

……

練りゴムを伸ばすと、朧な感じの細かいゴムがふんわりと机に静かにほろほろと並んだり、一本に細長く粘りを持って伸びて柔らかく細くなった臨界点が自重に耐えきれずに横たわったり、バチンと一瞬強いねばりの「薄い間」をつくりそこから力強く千切れて「薄い間」はそれぞれの切れ口に律儀に丸まる、とか、まあこんな風にちぎれたりするんじゃないかな、とにかく、私の言葉で書き起こしてみるとそうだな。

これを例に、引き延ばされている時間の姿を想像する。例えば、この延び延びの時間の3つのイメージを分割したり、リニアにするのではなく、ずっとちぎれのびてを再生し続けるそれぞれの練りゴムが隙間を開けながら重なっている多層的なイメージが時間だとしたら、それを琴を弾くように時間に触ることができるのかもしれないな、とか。映画や音楽を作るときのように、わたしが今生きている「この時間」を触ることができたらどんなことが起こるのかなーとか思う。延びたものがちぎれに向かう理由は「約束」の有無だと仮定してみれば、約束があるから時間に間に合わないとということが起こる。(もっと考えたいことだから、ここにはこれ以上書けないかな。。)

ていうか、ここはどこなんだろ。飛行機の中で、ベトナムからマカオへ行く途中のこの場所の時間は今なんなんだろう。時差は一時間だけどどっちか。日が沈んだのをさっき見たのでその感じ?わたしに規則的なリズムを与える時間とはちがう時間を感じている。振られたメモリと同じ分量の時間を過ごすことがわたしには難しいけど、大きな移動をしているときだけは時間を迎えに行っている感じがする。でも、、、あーもう疲れた、思いの外長くなった。から、今日はおしまい。すみません文章がめちゃくちゃだわ。5/15 14:15

 

うらあやか

ごどぶげじょぴゃぎょの
2019年5月14日

最近は生まれて数ヶ月になるまだ言葉を持たない息子によく「んぐまーま」という絵本を読み聞かせている。

うやむやむ
なむばなならむ

みょぷらぬのに?

だばがじで
ごどぶげじょぴゃぎょの
ぜどげごび

谷川俊太郎さんの文は、もはや詩でもないような意味をなさない音が並ぶ。絵は大竹伸朗さん作で、こちらもよくわからないが混沌から生まれた謎の生物が冒険し、母のいる家に帰る(と思われる)様子が描かれている。
絵に合わせて文が書かれたのか、文に合わせて絵が描かれたのか気になるが、総じて意味不明で良い。

読み聞かせると息子は真剣に絵を見つめる日もあれば、さっぱり興味なくそっぽを向こうとする日もある。まだ言葉を持たない息子には音の肌触りだけが伝わって、この意味不明な文章も私が話しかける言葉もあまり大差ないかもしれない。

この絵本を読んでたら、昔読んだ井筒俊彦の「意味の深みへ」という本を思い出して、最近引っ張り出してきて改めて通勤電車の中で読んでいる。
言葉を覚えてしまえば、何を認識するにもまとわりついてくる言葉の意味文節作用。
絵本を読みながら意味も無意味も同等に大事だと改めて思う。

 

2019/05/09 石と6
2019年5月10日
  1. 朝8時40分に目が覚めて、つら、もうちょい寝よと思ったけどなんかメッセンジャーの連絡返してたら8時45分に「おはようございます!」ってメッセージ来ちゃって、アワ~オンラインですけど寝ているようなもんだということを、ア~。わかってほしい~。と思って目を閉じてじっとするけれど観念した気持ちになって5分後くらいにもう一度ケータイの画面を開いてご連絡する。

 

眠いという感情が全てに先立って、厳しい気持ちだった。
お腹すいた…とはいえ眠い、でも展示前日の飯川さんの身になって考えてみたら…眠い。身になっても眠い、など、あとで時計を見たら40分くらい布団でのびていたけれど、ミントに水あげてと言われたことを思い出す。
「ミントに水あげておいてほしい」と言われた声で目が覚めたんだったと思い出す。

 

それで起きあがってベランダにあると言われた昨日植えたらしいミントを見たらかわいくてうれしくなって写メとった。水をあげるとその水流の強さと土がふんわり盛ってあったことがあいまって根っこがかなりむき出しになって、そういうとこだぞ。となんとなく思う、うちでは植物をどんなに世話しても二人掛かりで軒並み枯らすのを、なぜか枯らす、と自動的なこととして捉えているけれどこういう自分で意識が行き渡っていない細かいとこが普通に原因かもしれないという気づきとなるできごとだった。

 

通勤中茶トラ猫が道を横切るのを見て猫が横切るのを見るのは今月3回目。クリームイエローの外壁の家を見て、赤と青と黄色どれが好きかと聞かれたら昔は青だったけど今は黄色だな、青はシリアスな感じがよくて黄色はなんとかレンジャーとかでも大食いの人とかお笑い系のひょうきんな感じでそれは受け入れられなかった、青はセーラーマーキュリーだもんな、でも赤青黄色とか言われなかったらセーラージュピターの緑がダントツ好きなんだけど…、と思いながら大通りを渡って自転車屋の横を通る。この乗ってる自転車は知り合いの人に作ってもらったんだけど黄色がいいと言ったら葡萄色だった、と思う。それもメッチャかわいくてよかったんだけど、作ってくれる前に自転車ってもののイメージは?と聞かれたから大きい犬!!!って言って待ってたら鳥をイメージして作りました!と言われてびっくりした自転車で、可愛いからいいうれしいと思ってもう4年乗ってるけど、片側調子悪いブレーキを直しに行く手間をかける愛情がいまいちないことに誘発されてかなんかわかんないけどもうぜんぜん鍵かけてない。と思いながらオンゴーイングの前に自転車をとめる。
ペンキを塗って、時間になったので店を開ける。ペンキ塗りは、やってると、その時間と別の時間を比べる余地がないというかもはや眠いとか思えなくて結構よかった。

 

鶏もも肉と手の色が似すぎではないか、と包丁で切ってる最中に発見する。
とすると、肉の色がこれで皮がこれなんだから、鶏って色白なんだなとフライパンの上で皮目を下にしながら思った。
血がかよっていないから?
フォー仕込む。

 

スコーン仕込む。
夕方ごろ、きのう、「今日ですか明日ですか?」と聞かれて「明後日です!」とお伝えしたいたるさんから日記がきのうにとっての明日のいま送られてきて、一瞬、「どうしよう。」と思う。
思うけど実際はべつにどうしようってこともなくて、そのまま記録すればいいだけだなと思いなおす。このリレー日記のルール(というか仕組み?)は大したルールじゃないというかこういうことを起こすためにルールがあるくらいのルールで、色々その人自体であることがそれぞれ現れてそれがよい。

 

店閉めて搬入手伝いをみんなしてるので手伝うが動きが鈍かった。
「きげんがわるくなる前に帰ります!」と日をまたがず帰る。
作業をしていた人たちが体感より時間が経つのがはやい!と言っていて、手伝ってみたら確かにそうでそれは自分の体の中で自分で考える、みたいな時間が殆どゼロになるからかな、と思ってそれはいやかも、楽しいに見せかけたつまんないかも〜とチャリこぎながら、でもそうではない状況の今でも目がなんにも捉えないというかゼロのまましばらくチャリこいで、街灯と同じくらいの背丈の、街灯の道挟んで反対側に生えている木のはっぱが小さくてたくさんあってチラチラとちょうどその街灯に照らされて細かく光って、”これははげまされるな”という言葉で思った、そのあと目に入った踏切の黄色いバッテンに「石 6」と書いてあって、石と6って似てるんだと初めて気づいた、坂を下るとその前にあくびをしたなみだが目のキワに留まっていてそれが風をうけてつめたいのとあくびの後のなみだあたたかいのが両方、つめたいのかあったかいのか、甘い?甘いが近いかも…と思いながら家に着く。

 

 

 

もうちょっと…と思ったら寝落ちしてていま朝書いてるんだけど、ただちゃんから更新したよ〜!とメールが来て、一瞬「どうしよう。」と思う。
でもどうしようってこともない。
わたしが言ってることは誰にも誤解なく伝わらないのかも。この世界、犬の自転車も、日付も、と思ったら、普通にわたしが日付の伝えかたを本当は11日の土曜日のところを10日の土曜日だと(いたるさんにもそう)そもそも間違えていたんだと判明して自分側に原因がある可能性の高さ、と思った。

 

齋藤春佳

20年前の日記・開帳
2019年5月9日
20年前の日記・開帳

 

我が家の庭では待ち焦がれた春陽の昼間の空中に、サクラ、コブシ、ユキヤナギ、ヤマブキ、タンポポなどが競って開花しまたは花弁を風に散らし、ヒヨドリ、シジュウカラ、コガラ、アカハラ、ホンドリスたちが賑やかに飛び回っております。
しかし昨晩はマイナス2度。
まだ朝晩はストーブの火を落とせない八ヶ岳からお送りいたします。

 

あらかじめすみません、自分の誕生月3月に日記の順番が回って来るものとばかり思って、油断して深酒しておりました。春佳さんご提案のリレー日記、とても良い企画だなと思いつつ皆さんの日記を肴に、いつも楽しく拝読しております。 全く個人的な意見ですが、日記を書く人がそう望む場合には、画像データをテキストと一緒に表示出来るオプションがあるならばより多彩な表現になるかもと感じております。追々ですかね?酔っ払いの御提案まで。(すみません、今ご連絡頂き、画像添付可能だそうです!!)

 

さて、と言ってもいざ書き出そうとすると、よせばいいのにまた文章に凝り始めて終わらなくなりそうで、個展も近いし、アトリエも片付けないといけないし、明日は小学校児童との鑑賞の授業だし、どうしようと思いあぐねていると、ふと先日、ベルギー留学時代の古い日記帳を発見したことが思い出されました。
恐る々々(と言えば大袈裟ですが、進歩無き自分が白日の下に晒される事はやや恐ろしい)開いてみましたが、まあいいや。20年前のコレを書き写すことにしましょう。

 

*【 】は2019年現在の私による補足です。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~
1999年5月8日(土)
つばめ見る。
夕方起床。京子【当時の同居人。現妻】は午後MUHKA【アントワープ現代美術館】のオープニングへ。私も行ったが既に閉館【笑】。ギャラリーを廻ってGB【スーパーマーケット】で買い物をして帰宅。夕食はGBで買ったニシン。
銀行のカウントがマイナスになっていて驚いた。月曜日に両替しなくては。

未明に絵一枚(50 x 50)描く。

 

【ここ長野と同様に春の訪れの遅いアントワープ。ツバメが飛来することは春がきた証でありとても喜ばしかったことを覚えている。暖かくなると大量のツバメが渡って来て、彼らも嬉しそうに空を飛び回っておりました。】

 

1999年5月9日(日)
朝十一時頃、寝る。夕方、起きてキャンバス作り。
フルカン【近所のトルコ・スーパーマーケット。激安】へ買い物。
夕食は鶏の丸煮。夜もキャンバス作り。
釣りへ行きたい。

 

1999年5月10日(月)
午前中寝て、夜、起きた。
丸十二時間ひっくり返った時間を生きていて、どうしようもない。
少し夜は蒸し暑い。生活を直さなくては。

 

1999年5月11日(火)
二時頃起きて、家に電話。父さんと希と桃ちゃんと話す。研の新宿の住所を尋ねたのだが、すぐに分からないので明日、又、掛け直すことにする。皆、元気そうだった。母さんは未だ帰宅していなかった。
昼食後、夕方、フナック【CD /本屋】→GB→ペーパーミル【画材屋】と買い物をして帰宅。

夕食はチャーハン。深夜、久しぶりにビールを呑み制作。

90 x 70 一枚仕上げた朝だった。

 

【留学中はアパートの部屋に電話もテレビも無かった。当時、有料の電話交換所というものが街中に沢山あり、そこから日本に電話をしていた。500円/15分位?だったか知らん。念の為書くが、パソコンも携帯電話も、インターネット環境も、勿論無かった】

 

1999年5月12日(水)
昼過ぎ二時起床。(早朝五時頃、絵を描き終えて、寝る前にフリッツ【フライドポテトのこと。ちなみにフレンチ・フライとの呼び方は誤りで、正確にはフレミッシュ・フライ。フライドポテトはベルギーのフランドル地方発祥です。アントワープの街中にも何十件となくフリッツ屋が存在しております】を買いに出たが、流石にそのような朝に開いている店は一軒も無く、帰宅して就寝した。朝七時か八時頃)。
家に電話。父さんが出て昨日尋ねた研の新宿の住所を聞く。父さんしか家に居なかった。

フルカンで買い物して、帰宅し昼食。
夕方、ディ・スティル【画材屋】でキャンバス買う。アカデミー近くの道は本当に久しぶりに通った。駅近くのクラウドヴァット【健康志向の生活雑貨屋】にシャンプーを買いに行ったが、今使っているものと同じものが無く帰宅。
キャンバスつくる。夕食。今日は朝からやたらくしゃみが出る。アレルギーの非道い一日だった。


1999
年5月13日(木)
昨晩、私の絵のオールオーヴァーの一つの起源を思い出した。それは清友ハウス一号室の冷蔵庫だ!間違いなく。

 

三時起床。
何か壁の向こうは共産圏(?)ですぐ壁の縁を向こうの国の電車(貨物列車)が走っている。そこへ私は落ちてしまい(わざと?)貨物の上へ落ちる。
向こうの国の少年が(痩せて真黒にススで汚れているが、私に親切)何故か「バイアグラポテトチップス」を食べていて、こっちの国ではその様な少年(確か六歳とか言った)が既に女性を知っていて、そんなものを食べているのかと驚く。
何かその後列車は逆に走り、敵の兵隊が二人、私と少年を騙してニセの鉄砲を渡す。射たねばならぬ時に銃弾は出ない。しかし少年と私は、その二人を倒し(何故か最期、その敵兵は包帯で巻いた様な、エビの様なものになって死んだ)自分の国へ再び壁を乗り越えて帰る。学校の教員室の様なところへ逃げ込み敵の銃を渡すと、一人がしげしげと見つめていた。少年は傷を負っていた。
そんな夢で目覚める。
少し大きな絵を始める(100 x 90くらい)。
ずっと描いていたのか、確か夕食は夜九時ごろ食べた。
京子は風邪で寝ていた。

 

【「清友ハウス」は私が二十歳まで育った新宿区矢来町79番地にかつて存在していたアパート。我が家の「冷蔵庫」には、怪獣、アニメ、ヒーローや駄菓子のオマケ等の、様々なシール、ステッカーがベタベタにビッシリとオールオーヴァーに張り巡らされていた。アレを許してくれた親に感謝するしかない。新宿昭和少年】

 

【当時、時々夢を日記に記録していたが、今この駄文を読み返しても夢の中の情景を全く思い出せない。なんだよ「バイアグラポテトチップス」って?しかも『射たねばならぬ時に銃弾は出ない』とか、フロイト主義者が喜んで飛びつきそうな象徴性。当時そんなことでは悩んでいなかったはずだけど…。日記を読み返すとこれらの日々、絵はよく描いていた様子。他の日には、17日にギターウルフ、18日にLoveやGreatful DeadのCDを買っていたり、9,900BFのDe Armondの中古ギターを狙っていたり(買えばよかったのに)、マルクス兄弟の映画を見に行ったり、魚釣りに行って興奮したり、深酒しバーカウンターから転落して反省したり、画集屋巡って感動したり、大江健三郎や開高健ら、戦後民主主義の作家を多く読んでいた。上記の夢などは大江の小説の影響もある様な気がする。「ビッグフットの謎」(アメリカ人生態学者の書いた分厚いUMA本)などもこの頃読んだ。
つまり。
あまり進歩がないなあ、君は?!ちょうど20年前の三十歳の俺よ!!】

 

おわり
~~~~~~~~~~~~~~~~~
機会があれば是非また何か書かせて頂けたらと存じます。
ここまでお読み下さった皆様、大切なお時間の中、最後までお付き合い頂きありがとうございました。
長文乱文駄文深謝。

 

小川格

木工軽作業と塗装できる人求む

こんにちは、神戸の飯川です。今明日から始まる展示の準備でオンゴーイングに来ています。
斎藤さんに5日の日記を頼まれて、忘れていていまになっています。

実は人手が足りなくて、本日9日の朝から明日の展覧会がオープンする12:00までの時間で、どの時間でもいいので木工作業と塗装を手伝ってもらえる人大募集です。大阪から施工してくれる方が来てたんですが、今日どうしても作業できなくなってしまって、人手が足りていません。ちゃんと時給お支払いします!インパクト使える方誰かいませんでしょうか。あとお礼に、まるけんのご飯と特製の猫グッズも差し上げれます。どうかお願いします。もしもし可能なら、メッセンジャーかメールもらえたら嬉しいです。もしくは、オンゴーイングに電話もらえたら助かります。

展覧会は10日から19日です! ぜひとも見に来て頂きたいです。どうか!! 12日と18日のトークもどうにか来て欲しいです。

 

2019.05.10 [金] – 2019.05.19 [日]

http://www.ongoing.jp/ja/artcenter/gallery/index.php?itemid=712

■■■
5月12日(日)18:00~
トークイベント
出演:田村友一郎、飯川雄大
参加費:1000円(1drink+入場料込み)

■■■
5月18日(土)19:00~
トークイベント
出演:大岩雄典、飯川雄大
参加費:1000円(1drink+入場料込み)

2019年5月8日(水)
2019年5月8日

1*、
高知市朝倉
の、、みなさまの、性的エネルギーの、投資と消費と抒情。
ミナギリ、と光・
5月(メイ)らしい日を歩む中の酩酊の
人生ムロムロnow モーニング@ヘラクレスwith Fuck ‘ n 糞テレビって産業廃棄物垂れ流しの糞声の、
闘うのだ糞メディアの垂れ流し/産業廃棄物に、
従事/侍従、
令和!レイ・ワ~

 

 

 

2*、

夜と昼、ロートレアモン、山、単身者、墓、
ブルトン?、わっ、わっ、わっ、
@高知/朝倉~「夜と昼 」20:28
awa、awa 、困るは木に〈くにがこい〉
令和、風景画、
あれ?あれ?あれ?
今日午後、326分間の長電話を友清ちさと、とした。(日記的、キ)
キは、記のキで、モ、ある→モは、喪のモで、モ、有る。
〈意識の流れを描くフォークナー〉、
まち、まち、
まい、まい、
映画はショットの連続である、文章モ言葉の墓である、あさってのキ、キ、キ!!
五月、メイⅣ8日目、の撮影を朝の朝倉/赤鬼山の山並みモしたことをこの日記にキしたのか僕〈個人〉の日記にキしたのかの識別ができなくなった、今、さっキ、
キ!キ!キ!
あああ、貴方達と変態する理想主義者、
ポ、ポ、ポ、の明日(アシタ)の実感の理想主義者
宗教的な問題。
神体山について、

 

 

3*、

 

高知/スローハンドmojo 22:15

 

伊藤ちゃん、と、ミジョテ、波長、発達障害、モトキくん・
音楽、は、「自分は、幸せ」と言って、令和2日目にじいちゃんが死んだそうです、モ、テ、キ!

 

 

 

 

大木裕之

どしーんブーム
2019年5月7日

我が家にどしーんブームがきている。

 

仰向けになった旦那が、5ヶ月の息子をお腹の上に「どしーん」と言いながら立たせるように乗せると、キャッキャキャッキャと大はしゃぎする。

 

そのうちに旦那が「どしーん」と言うだけでウキャッと笑うようになった。

 

GWの帰省中、家族が旦那の声を真似て、満面の笑みで床に足を踏みつけながら「どしーん」と息子に迫る姿ににやけてしまったのだが、数分後にはわたしも同じことをしているのだ。

 

写真を撮るときも「どしーん」、誰かに会って息子の笑顔を見せたいときも「どしーん」、もちろん、機嫌が崩れ始めたときも、ご機嫌のときも、「どしーん」!

 

息子が大笑いする姿につられて、お腹を抱えて笑うこともある。振り返ってみれば、涙を流して笑うことなんてここ何年もなかったのだけど、純粋無垢な赤ちゃんの笑顔は、わたしたちの純粋な笑顔も生む。

 

街中を歩いていると、おばさまがよく「あら、赤ちゃん?」とベビーカーを覗き込んでくる。まだ人見知りをしない息子。満面の笑みをご披露して、おばさまは「ありがとう」と言って立ち去っていく。

 

たぶん、子どもの笑顔は世界を救うと思う。

 

しばらくは、朝起きて授乳ミルクどしんどしん、お散歩、数時間したら授乳ミルクどしんどしん、抱っこ、また数時間したら、、、。「どしーん」を何度も挟みながら、息子が健康に過ごす1日を隣りで見守っている。

 

というわけで、今日も我が家には何回、何十回と「どしーん」の声が響く。

 

次のブームはなんだろなー

 

高村瑞世