Ongoing Collective DIARY

2019/08/15 まぬけではない保証
2019年8月16日

朝「おなかいたいな」とおもいながら目覚めた。
池田も数日前にお腹がおかしくなって、おおごとになってCTとか内視鏡とか検査した結果とても綺麗なお腹だということが判明しただけだからほんとうによかったんだけれど、自分もほんのり同じ時期におかしいお腹を抱えていて、だけどほんのりだったのが、じわりじわりと強くなってきている。それで二人で思い当たるのはめちゃめちゃ美味しい表面だけ焼いたレバーで、だからおそらく食中毒だろうと思っているんだけれど、昨日いさじさんにその旨を言ったら「食中毒なんてなかなかなる人いないよ、よっぽどまぬけなひとしかならないから」と発言、自分がまぬけではない保証はない…、と思って、二の句がつげなかった。
普通に過ごしているとふと、イテテ、と胃がきゅとなる瞬間があって、だけど普通に過ごせるから過ごしているけどその普通には痛くなる予感が含まれていて、やり過ごすようにしか過ごせない。
午前中がほとんど溶けて、じゅんびじゅんび、と、じゅんびしてたらもう病院から帰ってきた池ちゃんにあってしまって、おなかいたいんじゃ的会話を交わして、家を出る寸前、部屋の北側の隅を見てじっとする瞬間があった。


ざばりとした雨が降ってはやむ、謎の天気。
踏切を渡ってしばらく歩いたところで、踏切で後ろで会話していた男女がはるか前方に自転車で進んでいっているのが見えて、いつのまにか、断片的な世界の理解だ、おなかに自分がやられているよ、と思うのと、自転車で大丈夫な天気だったのかな、と思う。

乗ろうと思っていたバスが土曜ダイヤで、バイトに微妙に絶対間に合わないピンチ!になって、ピンチじゃない方法をどうにか探そうとするが微妙に歩ける距離でこの感じになっているのは、土曜ダイヤだってなんだって調べればよかったのもあるしそもそもにはただギリギリ間に合う時間に家を出なければよかっただけであるから自分の外側の何にも恨めない。ばか。と思って歩きながら、脳裏にさっき部屋の隅を見てじっとした瞬間のことが浮かんでいた。左の木の上にピンクの花、進んだ右下の生垣に黄色い丸い実が過ぎていった。オンゴーイング方面にいくクロネコヤマトのトラック、いつものよしみで乗せてくれないかな、ないんだよな〜と住宅街の中の一本道を歩いて行くとシャッターのあいたオンゴーイングが見えて、なぜなら小川さんに連絡をしたら開けにきてくれていたからで、ほんとうにほっとした。謝る。



2時から高校2年生の目がめちゃめちゃキラキラした子がインターン的手伝いに来てくれて、「「自分はもう終わりだ」という気持ちがした。」というのは小川さんに夜あった時に言ったことだ。
おなかいたやりすごし感覚によってか、話すのがいつもにも増して遅い気がする。
腹に力が入らなくて思考がまとまらない。



タルト台焼く。



ナス、モロッコいんげん、明日のために仕込む。
翌日のパーティーのことをなんとなくしか決められない。お腹で考えられないからかな、食べ物のことはお腹で考える部分なおさら多いかもしれないなど考える。
歩いて帰宅。
イテテ、と思ったあとクリーム色の赤いハーネスをつけた柴犬みたいな形の犬がおしっこしているのを見た、そのあとこっちを見た、そのあと足元右下にティッシュみたいな花がおちて沢山たいらになっているのが見えた。LG21が胃にいいらしいと読んだので売り場にあった2つ中2つを買って帰る。他にも胃に苦しんでいる人がこの地域には多いのだろうか。薄い膜とその内外という雰囲気のイメージで、こんなに体の内側からの影響が強いならば外側ばかりで自分の出来事を起こしていくのもそんなにいい手じゃないかもななど、目の前の塾の名前を頭の中で意味なく読み上げたりしながら、歩いて、木槌みたいでそうではなさそうなものが落ちているのと、薄ピンク色の湾曲したレンガのかけらが落ちているのを連続で見た。



帰宅してしばらく話すと、自分の最近の後悔のある懸念事項についてとてもよいアイディアをくれて、感動した。今日も一瞬それについて考えて後悔の念にぎゅ、と体が潰される気持ちがする瞬間がキッチンであったからありがたいことだ、と伝える。全然食べてないから痩せたかなと思って体重を測ったら全然変わってなくて、せっかくなのに?!という感想が生まれた。日記を書かなきゃいけないんだと言いつつ、おなかをやり過ごすきもち、髪切ろうかな、流行っている髪型にしなよ、と言われたが流行っている髪型のイメージが頭に何も浮かばない、調べることなくなし崩し的に就寝。



夜中、風が建物に当たる音で何度か目が覚めた。
朝起きて、池ちゃんがもらったなぞのとろりとした緑色の胃を保護する液体をもらって10ml飲む。昨晩「なにそれ」「とろっとした液体」「絶対に飲みたくない」と発言したが、飲んで、「すきかも」と思って言った。それで日記を書いている。ちびまるこちゃんの体育館の授賞式なのに腹痛でピンチ的エッセイで「こんなに言うことを聞いてくれないおなかが自分の一部なんて到底思えない。」という記述があったことをさっき思い出した。明日も胃が痛かったら病院に行こうとおもうけど、平気は平気で、でも世界の解像度が低い。



齋藤春佳

花火大会
2019年8月4日

これを言ったら怒られるのだけど、私が神戸に来て一番良かったと思うこと、
それは、なんといっても毎年開催される「みなとこうべ海上花火大会」を見られること!である。
えー、そこなの?って感じかもしれないけれど、本当に美しいなぁと感動してしまうのだ。
そんなたのしみな花火大会が昨晩開催された。

東京に住んでいるとき、花火大会といえばとにかく混雑で、身動き取れない感じが心の底から嫌いだった。
といっても、子どもころは多摩川の近くの上野毛というところに住んでいたから、花火大会のときは浴衣を着て、長い坂を下って土手に行って、家族や友だちみんな一緒に見ていた。
一番のお気に入りは仕掛け花火のナイアガラの滝。打ち上げ花火ではないから、至近距離で見られて、子どもの私には滝が相当巨大に思えて印象に残っているのかもしれない。
土手に行くまでの夜道の風景や、横いっぱいのナイアガラ花火の眩しい光が今でもはっきりと思い浮かぶ。
でも引っ越して、大人になってからの東京の花火大会はほとんど見に行っていないし、よかった印象もない。だから、神戸に来ても花火大会なんて当初はあまり興味もなく、さほど期待していなかった。

 

ところがどっこいっ!
久しぶりに近距離で見た花火は、夜空にとっても大きく色も様々にカメレオンのように変化しながら広がり、あまりの光の美しさに涙が出そうだった。
あらためて花火の良さに胸を打たれて思い知ったわけである。
それからというもの、私の一年のお楽しみは花火大会。
昨日ももちろん朝からソワソワしながら花火を見る準備を整え、打ち上げ時刻になるまで時計を何度も確認して、夜を迎えた。

ど〜ん!!
これでまた一年生きていけるなぁと思う。

夏が終わった。

 

たこ

8月1日の日記: テープ起こしとマラソン
2019年8月2日

目下、テープ起こしをしていて、朝5時に切り上げた。
テープ起こしの出だしはいつも、ゴールが見えないくらいにスローで、自分でも納期に間に合うのだろうか、といつも不安だ。眠気は常にありつつも、実はペースは好調だったのだけれども、東京のこの24時間止まることのない暑さに、とりあえず寝ておこうと思った。
テープ起こしというのは、いいペースに乗れるかどうかも、和田竜著『忍びの国』の忍者が寝ている人の部屋に忍び込む時のように、相手の呼吸に合わせることなのかもしれない、とふと思う。
再び目覚めて、今日のフルーツはモモとプルーン。プルーンもおいしいけれど、先週仕事で行っていたプノンペンで、ホテル近くのカップ・コー市場で買って部屋で食べていたマンゴスチンも懐かしい。
twitterで石井ゆかりさんの「今日の占い」は毎朝欠かさず見てる。長めの「来週の星占い」や毎月の「全体の空模様」もいつも楽しみにしている。
昼ごはんを食べた後は、昨日買っておいたタピオカ入りココナッツミルクでテープ起こしを夕方まで。
家を出て最寄駅へ向かいながら、先週のカンボジアの時間を思い出しつつ、カンボジアの歌謡曲のイメージで脳内再生しながら、気分は踊りながら歩いていたら、前から手を振られているのが目に入ってきた。ようやく見上げたら、仕事帰りの大学の同期がめちゃ笑顔で、何とか「バイバーイ!」って返せたけど、ちょっと照れくさい。
来日中のタイ人の友人と一緒にごはんを食べるからと友達が前から誘ってくれていた夜。夜8時近くに駅でただ待ち合わせしているだけでも、汗が止まらない。カンボジアも汗が止まらなかったけど、東京の方が湿気もひどくて、とにかく暑い。薄くて即乾性の高い素材の服のチョイスがもっと広がれば嬉しい。
初めましてのタイ人カップル。彼氏は音楽好きのようで、雨のすごかった今年のフジロックでのテント泊!私もフジロック行って、THE PARADISE BANGKOK MOLAM INTERNATIONAL BAND、聴いてみたかったな。バンコクからのデイトリップのオススメをいくつか聞く。ゆば豆腐とほうじ茶アイスが濃くておいしかった。
帰りの山手線、友達と別れた後、時間調整だかで、渋谷からなかなか先に進まない。長谷川町蔵・大和田俊之著『文化系のためのヒップホップ入門』を読んでいると、10年来のタイ人の友達がLINEで通販サイトに書かれている日本語の意味を聞いてくる。タイのラップ対決番組「Rap is Now」を教えてくれたりする友達だから(タイでは多くのラッパーがメインストリームのシンガーに呼ばれてフィーチャーされるようになって、友達も驚いているらしい)、今アメリカのヒップホップの歴史の本で、2パックとノトーリアスBIGのところを読んでいる、と話したら、NETFLIXの『Unsolved: 未解決ファイルを開いて』を見なよ、2パックの話だから、とのこと。
今月は有難いことだけど、想定外に仕事いっぱいで、少しあっぷあっぷしそうだけど、早く観たい。

本間順子

2019年7月28日

こんにちは、江藤です。
2回目の投稿です。今僕は仕事で愛知県にきています。せっかく愛知にきているので、愛知エピソードを書こうかなと思ったんですけど、特に浮かばなかったんで最近気になっていること書きます。カップヌードルのトムヤムクン味って知ってますか?カップヌードルのワールドシリーズ的立ち位置で数年前に初登場したんですが、これがかなりの強キャラでして今やスタンダードナンバーであるシーフードやカレーと肩をならべるスタメン入りを果たしてます。まあじすごいです。カップヌードル界の八村塁みたいな感じです。かくいう私もチリトマトが推しだったんですが、今では1カ月のうち半分以上はトムヤムクン味を食べるほどになりました。どこにだしても恥ずかしくない立派なトムヤマーに育ちました。
そんなトムヤムライフを楽しんでいるある日、界隈に激震が走りました。コンビニで私は見つけてしまいました。。
シーフードトムヤム味を!!!えっちょっと待ってやばいやばい。無理無理無理。シーフードトムヤムってなに!?きいてないんだけど!シーフードなのに、トムヤムでもある、、。どうゆうこと、、。シーフードですでに美味しいのに、そこにトムヤムしちゃうって最高かよ!過呼吸になりそうだったのでとりあえず、コンビニ内を1周して心を落ち着けます。そしてまたシーフードトムヤムの前に戻ってきた僕は意を決してシーフードトムヤムを愛のままにわがままに僕は君だけを離さないてもりでレジに持って行きました。ここからの記憶は曖昧ですが、ただできるだけ無駄のない動きでお湯を注ぎ、あまりにも長い3分を耐えて無我夢中で食べました。そして食べ終わった僕の中に1つの想いに浮かんでいたことは確かです。それはなにかというと、、「え、微妙じゃね?」ということ。いや、美味しいは美味しいんだけど、なんというかそこまでではないというか。。エースであるシーフードにルーキーであるシーフードを組み合わせてもそれは掛け算的に美味しくなるわけではなく、むしろお互いが遠慮しあっていいプレイができていない感。結論!トムヤムはトムヤムのままで十分素敵だよ。

暑味・涼味
2019年7月26日

電気を消して、窓を開け放っている。虫の鳴く音が聴こえる。日本で夏の夜に聴こえる虫の鳴き声とはちょっと違う。BPMが早い。ヨーロッパの短い夏の一瞬の間に死に物狂いで腰を振っているような性的な必死さを感じる。こんな風に感じるのは私が欲求不満だからなのだろうか。
暑い。今日の最高気温は40度だ。エアコンも扇風機もない。エアコンはどこにもない。レジデンスのスタジオにもないし、街角のカフェにも高級なレストランにもない。家にはもちろん、ない。3日前にひどい片頭痛の発作が起こり、それからずっと家にこもっている。ほぼベッドで寝ている。ルームメイトのAnnaの友達がノルウェーから遊びに来ていて、2人は自転車で湖に泳ぎに行ったり、ベルギーの方まで遠出したりしている。私はとにかくベッドに寝転がって、携帯を眺めたり、ウェルベックの小説を読み返している。この頭痛は治るのだろうか。今回は史上最大規模の片頭痛だ・・・
今日の朝リビングに降りて行ったら、蠅が大量発生していて20匹くらいウォンウォン唸っていて襲われそうになった。蠅ってとても五月蝿い。五月蝿いという単語の中に蝿という字が入っているのは頷ける。ここオランダではエコの概念が徹底していて、コンポストと言って食べ物などの生ゴミを回収してくれるのはいいのだけれど、回収は2週間に一度なのだ。そして普通の可燃ゴミも2週間に一度。コンポストと可燃ゴミの回収が毎週交互にある。正直言って、この頻度は少なすぎるのである。そして、この暑さ。ゴミの臭いがものすごいことになり、蠅もどこかから大量に集まってくるのである。少しましになったとはいえまだ少し頭痛がする状態で、グラノーラにヨーグルトをかけてリビングのソファに座って食べているとき、蠅の音がサラウンドシステムのような臨場感で上下左右から聴こえてきて、頭の中で天空の城ラピュタの海賊たちが空を飛び回っているシーンが思い浮かんだ。さすがになんとかしないといけない、と思った。病み上がりというかまだ病み中ではあったけれど、AnnaとAnnaの友達と協力してゴミを外に出したり、ゴミ袋の下に染み出していた汚汁を拭き取ったり、ボウボウの草をハサミで切り取ったり、炎天下のなか頑張った。すぐに疲れたので無理はやめておいた。
そういえば日本で生活しているとこんなに蠅に襲われる機会ってないなあとぼんやり考える。今は夜である。電気をつけた状態で窓を開けると、網戸がないので、あらゆる虫が入り放題である。でも窓を閉めると暑い。なんでこんな目にあうんだろう・・・なんでこんなところに1人でいるんだろう・・・と少し後ろ向きな気持ちになったので、瞑想をした。ジョグジャカルタのことを思い出した。初めてレジデンスに行った場所である。そういえばジョグジャではこんな暑さ普通だった。ジョグジャでも網戸なんかなかった。水浴びをするための水瓶の中には太いヒルがいたし、ヤモリがそこら中にいた。そうだそうだ、私は何をヒヨっていたんだろう。ジョグジャにいた頃に感じていたドキドキ感、知らないことを吸収してくときの興奮、自分がこれから体験できるかもしれないことへの期待ではちきれそうな気持ちを思い出した。あれは6年前だ。私、いつのまに年取っちゃってたのかな。
Annaはとても優しくて趣味は政治活動と公言していて地元のノルウェーではMeTooの運動をやったりしているらしい。そして彼女はあんまり片付けが得意ではない。Annaが洗ったあとのお皿は油でベトベトしている。私は几帳面で口うるさい人と暮らすよりは、ちょっと適当な人と暮らす方が気が楽なので、Annaとの二人暮らしは結構居心地が良いが、でもたまにおいおいという気持ちになる。このあいだAnnaがビール飲み歩きしようよと誘ってくれて、2人でマーストリヒト のいくつかのビールバーを飲み歩いた。彼女はちょっと変わった嗜好を持っていて、とにかく酸っぱいビールが飲みたいということで、お店の人にも一番酸っぱいビールをくださいと頼んでいた。私も酸っぱいのは嫌いじゃないので、じゃあ私も、ということで2人でさんざん酸っぱいビールを飲んだ。最終的にはビールを飲んでいるんだか黒酢を飲んでいるんだかわからないくらいの酸味に到達した。涼味だった。

地主麻衣子

けっきょくなんなんですか。 2019.07.24
2019年7月25日

久しぶりに大学からの仲良い友人に会った。今日は鳥取からの出張で、明日は小豆島に行って営業らしい。仕事はUberみたいなサービス提供してるやつ。

–岡山に引っ越して、最近なにしてるの?

久々に会った友人から聞かれる、定形ともいえる質問をされる。

–最近は街のことも少しわかって、仕事終わりの余暇を楽しんで映画行ったり、健康に気遣って運動したりしてるよ。

そして言われた。

–なにつまらないOLみたいなことしてるの?

言われてしまった。
確かにこの街は東京に比べたら平和だ。震災後に引っ越す人が多いのもわかる、豊かで落ち着いた、そんな街だ。人も穏やかで、少し排他的なところもあるけど、もろもろ整っているコンパクトシティで暮らしやすい。
だけど平和や安定が一番とは限らない。面白い文化が生まれるにはやっぱり少し狂ってないと面白くない。岡山に山本太郎がきてもさほど盛り上がらないように、この街は暮らしやすくて良い分、みえてこない部分もたくさんある。

最近、豊かさってものについて考えてしまう。前に東京ではレンタル何もしない人、という人物が話題になっていると聞いた。交通費さえ出せばどこにでも出張し、なにもしないけどその人のしたいことに付き合うという人がいるらしい。これを聞いたとき、やっぱりこれは東京でしか生まれない文化だなと思った。溢れ出す気持ちをどこにぶつけていいか迷ってるいる人に差し出されるひとつの救いの手段。そういうあらゆる世界の深淵をみつめていかないと新たな文化やムーブメントは生まれないんだなぁ、と痛感させられた。

とりあえず、居心地の良さに怠けてはいられないって思う。最近、安部公房の『鞄』を改めて読んだけど、あれは面白いですね。なんとも心地の良い鞄を手にして、どこまでも歩けることを知った主人公が、最後は自由を実感する。選挙もあったりして、自由ってなんなんだろうなって思うけど、やっぱり自由を目指していかないと本当の豊かさには繋がらないのかな、って考える今日この頃。

阿部葉子

日記
2019年7月23日

日記に記したいことは多々あって、毎日ふとしたときに題材がみつかる。

書くべき出来事をどのように表現するか。面白おかしく。くだらなく。過剰に。軽やかに。厳密に、等々。

しかし結局自分は、どのように、何を伝えたいのだろうか。それがよくわからない。

「画家として」このフレーズが、頭をよぎる。
地球上にわずかに存在している僕の絵の鑑賞者が、僕の言葉によって僕を知り、そのことが僕の絵を鑑賞することの妨げになりはしないか。
これが書けない理由のひとつ。

書けない理由の二つ目は、要するに、自分の馬鹿がばれてしまうのが怖い。

文章力に自信はないし、あまり言葉を知らない。感情や感覚はいつも揺らいでいて、その時々の気まぐれで落ち込み、ハイになり、感傷的になり、やけにポジティブになる。自分に一貫性がない。
自分という人間の骨組みがぐにゃぐゃに感じるから、日記や文章を書くとなると筋が通らない感じがして、気が引けるのだ。

さっき、乗っていたバスに初代ミステリーハンターの竹内海南江さんに似ている人を見かけた。若いころの竹内さんだ。
端整で凛々しい顔立ち。ハッとして頭の中かボーっとした。みぞおちの辺りがなんだかふわふわした。
日常のなかで、このような恍惚に襲われて、ぼーっとすることがある。そういう抽象的な、永遠みたいな感覚と対峙してしまうかぎりにおいて、僕は絵をやめない気がする。また何が言いたいのかわからなくなった。

 

高橋大輔

本日は投票日
2019年7月21日

朝8時頃起きたが、昨日のお酒がまだ体に残っていて二度寝してしまう。

昨日は僕の保育園からの友人と春佳と3人で生春巻きパーティをした。そういえば前回の日記の時も生春巻きパーティのこと書いていましたね笑。まだまだ生春巻きペーパーが残っているので、みなさま齋藤池田家にお越しの際は生春巻きパーティをしましょう!

10時00分頃、春佳に「あと30分したら投票行くよ」

とムニャムニャしていたが目が覚めた。本日は投票日。

30分後、二人で近くの小学校まで自転車で駆ける。周りは自分たちよりも年上の人達しかいなかった。僕らくらいの人は期日前か、それとも投票へ行かないのか…分からないが…。遠くにいる地主さんが2週間前からアップしていたイラストをほぼ毎日シェアし続けたのは今日が日記の番だと言うことがわかっていたのでそれに向かうのと同時にそれ以上の気持ちで何かしらできないかと思っていたからである。

(またマスコミについて思うこともある。芸人の闇営業問題について何年も前のことをこのタイミングで公にして、会見することを、選挙運動としては前日がすごく頑張りどきなのに被せてきて、なんだかなと思った。)

金曜日に二人で各々考えを話して投票先を決めた。

今までの選挙の時は投票先を明言せずに行ってきたが、今回の選挙のヤバさが何となく伝わってきて、少しでも自分たちの一票がどうなるのかよく考えた投票だったと思う。

事務的に投票が終わると校門の前に出口調査のNHKの記者さんがいて、僕の身なりが印象的だったのかわからないがとにかく目があって声を掛けられた。「時間がない」と言って断ってしまったが、日記のネタを気にするなら受けとけばよかったかな、とも思った。ま、春佳はこの後オンゴーイングでバイトがありRyのクロージングパーティの食材を買いたいと言うのと、僕は僕で家のものを買いたいということもあったのでよかったこととする。

一度家に戻り、焼きそばを食べたらお腹いっぱいになって昼寝をしてしまった。1日通してほぼ寝ていただけの日。投票以外何もしていない1日で終わった。

この日記は生春巻きパーティで余った野菜をバリボリ食べながら書いている。

池田諒

Uber eatsはじめました
2019年7月18日

最近Uber eatsの運ぶ方をはじめました。知り合いを紹介してその人が50回の配達を達成すると6万円も貰えるようで、金に目が眩んだ古い友人に誘われたのです。彼から招待メールには一言「共に戦おう」と。ママチャリでやってみた感想としては、1日3回くらいまでポケモンGoやってるみたいで楽しいです。1日15回くらいやると段々イライラしてきて、Uberつぶれねーかなーと思ってしまいます。現在までに42回の配達をしました。

その古い友人が私の実家の庭に父自作のピザ窯があることを知ってから、「いつか一緒に帰省してピザパーをさせて欲しい」とずっとお願いをされていたので、先日妻と一緒に帰省する予定を立てました。ところが友人はゴールデンウィークに帰省したばかりだったので、今回は代わりにオンゴーイングレジデンスに来てたチョンくんを連れて行くことに。

チョンくんは勤勉です。新幹線では作品に使う資料を常に読んでおり、仕事をしていないと罪悪感を感じる、とFBで告白していました。不思議と一緒に行動すると影響を受けるもので、怠け者な私も最近はメリハリのある生活をしている気がします。おかげで配達も捗ります。しかし仕事をしていないと罪悪感を覚えるのはいかがなものでしょう?辛くない?その感情分からないではないのですが。というのも私昔は落ち着きがなくて、ずっとソワソワしてる人だったのです。あるとき損してる気がしてソワソワするのやめよう!と思い立ってやめたのです(魔女の宅急便の「描くのをやめる!」ですね)。その成果として感情の起伏が少なくなりました。もうほとんどキレなくなったのです。

そこで気が付いたのですが、チョンくんリアクションが薄くない。濃い?ちょっと興味が湧く話があると、「wow(ウワ〜オ)」とか言ってくれるので話し甲斐があるのです。そんなチョンくんを私の家族もすっかり気に入り、父親に至っては昔趣味で集めていたCONTAXのコンパクトカメラとそのレンズを彼にあげてしまうほどでした。感情の起伏の少なくなった私は不安から解放される代わりに、彼のようなリアクションを失っていたのです。いちいちリアクション取るのも疲れるからね。

ずっと実家で飲み食いしていても退屈なので、次の日は姪っ子も連れて犬山市の明治村に行きました。地元特有のジメジメした熱気の中、姪っ子の興奮も頂点に達します。自然と妻が姪っ子の遊び相手(標的)となり、私とチョンくんが先行して移築された建築を鑑賞します。子供の頃から何度も来ていますが、大人になってから行くのもいいもんですな。閉園時間も近づき大人たちの疲れが溜まった頃合いに、我が姪は妻と先行する私達の約10メートル間を往復ダッシュをはじめました。流石のチョンくんも「姪っ子には何かスポーツをさせて発散させた方がいい」とアドヴァイスを受けるほどでした。お行儀は悪くないんだけど。帰宅後、妻とふたりで姪っ子が持つ無限のエネルギー活用について話し合いましたが、まだ結論は出ていません。

伊佐治

選挙と文化的な日
2019年7月17日

私の日記の日は17日なのですが、14日選挙に行ってきたのと結構盛りだくさんだったのでその日のことを。

 

在外選挙の申し込みして間に合ったので、選挙に行ってきた。
山本太郎の演説がすごいいいもんだし、自民党への切り込みも返しもものすごく勉強してデータを集めていて、
例も出すもんだからもう、討論での圧勝がとても気持ちがいい。
討論っていうのはそうでなくては。しっかり勉強して、こういう事実があったから批判しているんだ。
筋が通ってる。っていうかそれが当たり前のことなんだけど。
感情とか不快か快で語って済む様な場所なんて公の場であるの?っていう。あるんだけど。

せっかくいい政治家が出てきているのでワクワクしながら投票。

その後は気分よく大学の図書館に行って、卒業のエッセイを書き進めに行こうとしたらもう閉まるという。
なので、テートブリテンに行って、ゴッホ展を見る。
女神級に優しくてセンスのいい義母が誕生日プレゼントにテートメンバーカードを買ってくれたので、企画展も無料。
でもめちゃくちゃ混んでたので、また後日来よう。。ということで、上のカフェに。
さて、エッセイでもやるかーと思ったけど二日酔いでなんか全くやる気がしないし、本もないから「書けないっつの」
土日こそ図書館開けてくれればいいのに。
でテートモダンにでも行くか、と。(贅沢な町だ本当。)
テートモダンはオラファー・エリアソンが最近始まって。これまた混んでそうだったから、また後で来よう、、、。(贅沢な町だ本当。)

ベルリンから友人が遊びに来ているので、立見席のシェイクスピアを予約し、歩いてグローブ座に。(5ポンド、安ッ。)
始めて入る。デビット・ホックニーがグローブ座のパースペクティブについて語ってて面白いなあと思ったから来てみたかったんです。
肝心の何がどう面白いかについては覚えてないんだけど。

シェイクスピアは古い英語って聞いてたから予習をしていった。
演目は「ヘンリー6世」。
で、いざ始まったらなんか全然違う。登場人物もシーンも全然違う。
「え、何これ。あ、もしかして、これ、え、現代版ってこと?」
という謎の解釈をし頑張って聞き取ろうとするもさっぱりわからなくて。
「現代語のはずなのに、意味がわからない、私の英語力もまだまだだな、、、」と落ち込みながら見続け。
立見なので足がきつい。
休憩のときに急いで演目の内容を再びチェック。
そしたら「ヘンリー4世」でした。
 
まじか。ヘンリ―違いか。
そして急いで台本を検索したら、追う事ができ、
「ああ、この英語。現代文じゃない、古文じゃん!。」
と気づきまして。よかったーと謎の安心感。バベルったー。
 
演者は黒人白人がほぼ半々の比率で、男女の役も女が男役をやったり、男が女役をやったり。
つかむしろほぼ全員男女逆転してた。
さらに準主役の人は病欠だったので急きょ代理人が演じることに。
シェイクスピアの俳優だからもちろん内容は知ってるんだろけど、
台本もまだ読んでないようで(ジョークか本当かはわからない)。
終始台本を手に握りしめながら演じておりました。めちゃくちゃ自分のセリフのところにハイライトはいってた。
すごい舞台度胸。
周りもその台本読みながら進める演者を小ネタにしたりして、うーんプロプロ。
 
ザ・休日らしい1日でした!

新しい仕事が決まったので5ポンドを娯楽に使える喜び。

 
蛭子未央