Ongoing Collective DIARY

2020/01/09の日記を見つけた1月23日
2020年1月23日

1/9
朝4時から6時半くらいまで、制作というか制作準備?をしていて、その後眠らなければよかったんだけど眠った。断続的な夢、小さい頃住んでいた家、映画だが客席に演者が座っていて突然演じ出して最終的にアトラクションのようになる、だとか、のあとに、深く遠い夢を見て、起きた瞬間に全てを忘れた。忘れがたい夢だった、という感じだけが残った。

今年初オンゴーイング。小川さんは髪が伸びていて、なんだかずいぶん幼いというか、同い年くらいに見えるような気がした。食べログに「少年が一人で接客してくれる不思議な店」と昔書かれていたというゆきえちゃんがしてくれた笑える話を思い出す。
風呂場で、小川さんが同い年くらいに見えたのは、今1月で、Ongoingが12年前に作られたのも1月で、その時の気持ちでこの十日くらい小川さんは過ごしていたんじゃないか、だからその年齢の見た目になっていたんじゃないか、と勝手に推察した。

ヒスロムの人たちの静かな関西弁に謎の警戒心を自分が感じるのが不思議だった。魅力的ということだろうか。

山本さんの作品は「本気だ」と感じた。
あんまり感想が言葉にならない。
「山本さんがいない時も頼まれたら、ブルーハワイ作っていいんですか?」「めんどくさかったらいいよ!」とすごい速さで言われて「めんどくさいができごとの理由になることはないです」と笑ってしまった。
なんでこれをやらないんだろう?と疑問に思うことがあるけれど自分も忘れてしまうところがあるからな、と思う、けど、やろうともしない痕跡みたいなものをまざまざとかんじるとき、低いところに引っ張られないようにする、というきもちがある。本当は高いところに引っ張られたい。みたいなことを、ひとりでいて、ひとりの心の中で考えていたから、そんな返事が言葉として錬成されて口から出てきた感じがした。

山本さん「作家がいると気を使っちゃう、いない方がいいと思うから」「確かに作家さんがいると気を使っちゃうからいない時に行きたい気持ちはあるかもです、友達とかでなければ…」「そう思う?」「いや必ずしもそうってわけではないけれど」「そうかー作家がいる時避けるんだ」「いや絶対ではないんですけど」「そうだよね!」と2Fにお客さんいるけど7時くらいに帰っちゃった。

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それと、1月9日はお昼を食べながら「寒くなさすぎて夏が怖い」と話していた。なんかペペロンチーノ作ったんだけど全然調子が出てない味でおもしろかった。

1月23日の今日は十分に寒い。寒いのはとても苦手だけれど、これくらい寒くないと、つまんない。
昨日まともに太ももに冷気を浴びたからか、家に帰って足がカユカユになった。
Collective日記はもう年も明けたことだし、順番とかじゃなくて、書きたい人が書きたい気持ちの時に書くスタイルにするのがいいんじゃないかな、と思う。思うと書いたけど、思うまで行かず他の出来事に心とらわれて最近は過ごしていて、でもパソコンに1/9の日記があって、もしかして私の日は9日だったんじゃないかしら、と思って表を見たらやっぱりそうだったから、ちょうどだった。

ここまで書いて、お客さんが来て洗い物してる時に小川さんが来て
「髪切った?」と言う小川さんも髪を切っていた。

今日は我ながらものすごい働き、というか超事務作業、出納帳管理をほとんど終わり間近まで進めた。2月の自分のためと、これを書いていいくっきりとした休み時間が欲しかったから、ただただやった。
「すごいんだよ、やると終わる。やらないと終わらない。」
とまっすぐ目を見て言ってきた友達のことを思い出す。
作品のために石を運んでの弁だった。殆ど笑わせにきてたけど、殆ど本気でもあったはずで、そういう風に笑わせと本気を混ぜて話せる友人がいてよかったと思うと同時に、落ち込んでるんだか何がなんだか知らない頭悪ロジックでメール無視されてて、そのことを思ったらむかつく。ムカついてバンバン作業が進んだ。

とったWiFiの業者の電話に、「オーナーがいる時間がまちまちで決定はしていないので、またかけ直していただいてもいるかどうかわかりません、ご用件次第ではもしかしたら必要ないことかもしれないので…」というと「いえ、そちらが不利益を被るような内容ではなくて」「どのようなご内容でしょうか?」「オーナー様に直接お伝えしたいご内容ですので…」「かしこまりました、何度もかけていただいてしまっては申し訳ないと考えましてご内容をお伺いできればと思ったのですが、それではまたご都合のよろしい時にご連絡いただければ結構です」とすらすら言った時に、その作業中の心にあったムカつきの火の粉が現在地にちらついてしまうのを感じて、わるいな、と思った。調子は怒りを湛えていなかったけれど、すらすら言いっぷりが怒りを孕んでいてこそのすらすらだった。電話を切って、自分に自分でちょっと落ち込んだ。切り替えよう、コーヒーのも、とドリップパックのやつにお湯を注いで飲んだ。あいちトリエンナーレに夏行った時の名古屋みやげだった。たのしかった。まずくて牛乳を入れた。

ストーブのお湯が蒸発してくると焦げ臭い甘い匂いがしてくるようになって、今している。のぐちくんが昼「あったかい〜」と近づいていて鈴木さんが「燃えるよ、それ、餠も焼けるんだから」「おれ、餠持ってる!」と言って茹でたお湯がそのままだからだ。「このお湯は衛生的にあれかもだから…」「えぜんぜん大丈夫」と言ったのに、「卵の殻みたいなのついた」というので見ると、カルキが固まったっぽいやつがもちについていて「いやだ、卵の殻みたいなの食べたくない…」と言って茹で上がった餠を洗っているのを見た。

齋藤春佳

ヨーテボリ滞在記02
2020年1月13日

スウェーデンのクリスマスは予想通りとても静かで、どの家の窓も上品な照明で彩られていた。我々もギャラリーなどの施設が再開されるまで、のんびりと適度に退屈な日々を過ごした。最初の2ヶ月間は多少の緊張感もあったけれども、最近はとてもリラックスしている。その感じが人にも伝わるのか、道端でよく話しかけられる。スウェーデン人はイメージ通りにとてもリベラルで寛容だ。日本だったら外国人っぽい人を見かけたらとりあえず英語で話しかけてしまうが、パッと見アジア人の私にも無差別にスウェーデン語で話しかけるのだ。スウェーデン語で返事をするのに少し時間がかかりそうだが、外国人に対してとても大人だと思う。中国人が経営する寿司屋を眺めていたら、「ここオススメよ!」って言ってくるご婦人や、トラムを待ってたら「アフガニスタン?あ、日本人。何しに来たの?僕は友達と待ち合わせしてたんだけど、携帯の電池なくなったから充電しに家に戻るんだよ」っていうイラン人。
まだ慣れていな事といえば、日本と比べて自動扉が少ない。お店の入り口は大抵、子供には到底オープンできないであろう重い扉で、いつも前の人が開けた扉を咄嗟に抑えるので左手首の調子が悪くなってしまった。また店舗什器がスウェーデンサイズで若干大きいので、妻をすぐ見失ってしまう。そして、これはスウェーデンとは関係ないが、英会話のジョークのオチが理解できないことに気づいて軽くショックを受けている。みんなが笑っているところに「今の何が面白かったの?」などと聞ける訳もなく、ただその度に英語の上達を誓うのだった。最近オチを聞き逃したジョークを紹介しよう。
ある男が病院で医師に「残念ですが今晩までの命です。」と告げられる。消沈した彼は帰宅後に妻にそれを告げ悲しみに暮れたが、気を取り直して好きなものを食べ、好きなだけ酒を飲み一晩踊り明かすことにした。夜が明ける前に妻が言った「・・・・・・・・・・・・・・・・」。

伊佐治

12月26日の日記
2019年12月31日

12月25日はカンボジアと英語の翻訳の締切りが1件ずつ重なっていた。
そのため、どちらも提出前のダブルチェックの日だったのだけど、2件目が終わったのは、今朝4時くらい。
そして2時間後には起きて、朝8時前には次の仕事へ…
去年の12月はこういう生活が祟って、肺炎になったから、次はしないぞ!と思っていたのにまたやってしまった…
8時台の電車移動はラッシュアワーで正直しんどい。でも、流石に師走も26日くらいになると、そろそろ仕事納めも近づき、車内もピークに比べたら、乗りやすくなっている。
大学院の入学試験前の準備段階から、もう本を読むぞ!という気でいっぱいなので、移動時間はとても有難く、楽しい。
最近、文庫本の裏表紙に付箋を一塊貼っておくと、とても便利だということに気づいた。立ちながらでも、気になるところに難なく付箋を貼っていける。ちょっと表紙がボコっとしてしまうけれども。ミハイル・バフチン著 望月哲男 鈴木淳一訳『ドストエフスキーの詩学』。バフチンによるドストエフスキーのポリフォニーに触れられていたヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニア著 松本昇・清水菜穂監訳『シグニファイイング・モンキー -もの騙る猿る/アフロ・アメリカン文学批評理論』に引き続いて、自分の学生時代、そういう「文学作品の理論的な分析」はなく、ひたすら訳して読むことばかりで終わっていたから、そのように文学作品を理論的に読むことを学ぶのはとても新鮮で楽しい。
仕事前に駅ナカでお昼のパンを買う。パン屋が何軒もあって選び甲斐がある。打ち合わせが夜7時台なので、カロリー高めのを選ぶ。
仕事が早く終わって、次の打ち合わせまで本屋さんをのぞく。NHK Eテレの「100分de名著
」の亀山郁夫先生の「ドストエフスキー カラマーゾフの兄弟」の回のテキストを番組終了後にやっと買う。ユニセフに一部寄付される年賀状も一応買った。
人に紹介して頂いた初めましての方を引き合わせる打ち合わせも無事終わって、ほっとした。
長い一日だった。

コレクティブ・コレクティブで今後は大学院でカンボジア語のラップ詩研究をしたい、と威勢よく口にして、大学院受からなかったらどうしようと内心ひどく心配していたけれど!無事、来年から大学院修士課程で研究できることになったので(ただタイミング悪く、制度が改悪されて、2020年度から大学院は授業料免除の制度外が濃厚で非常に経済的には正直不安…)2020年はヒップホップのことばかり口にしているかもしれないけれど、精進いたしますので、どうぞよろしくお願い申し上げます!

本間順子

高橋
2019年11月24日

高橋です。元気です。今日も1日終わりました。布団のなかでケータイに日記書いてます。やっとです。忙しくて、書けなかった。
息子が産まれました。奥さん、産んでくれました。
私も頑張りました。七時間でした。横にいました。難産です。最後の踏ん張りどこで出てきませんでした。お腹切りました。産まれました。
弱っていたからNICUに入りました。赤ちゃん。
いくつか心配でした。いまは退院しました。ずっと会いたかった。
6歳になる娘がいま、わたしの横でいびきをかいている。奥さん、息子は向こうの部屋でこたつとクッションを使って寝ています。良かったです。このまま1日1日をこなしていきたいです。
高橋でした。おやすみなさい。

2019/11/21 大木さん
2019年11月22日

「Diorすきなの」
「ピュアポイズン」
と言って帰りがけにふりかけてくれた香水の匂いが手首からしている。

6時に目が覚めたけれど、なんとなく体がへんにだるくて、さむいのか?湯船を作って湯に入ってみて、そのあとまた少し眠った。

ナポリタンを作ったらめちゃめちゃ美味しそうになっちゃって「おいしそう」「めちゃめちゃおいしそうなものつくっちゃいました」と恐縮のようなきもちと共に発語。賄いだからという気持ち?人参とピーマンとキャベツとウインナー少しが入って目玉焼きの乗ったナポリタン、別に自分の冷蔵庫じゃないからなかなか難しいが年末に向けて冷蔵庫にあるものを一回さらにして、不安なところや足りないところをなくしてしまいたい、せっせと野菜を使っている。具に火を入れながら、少しバターを落として、胡椒を振って、ケチャップを少し焼き付けて、
フライパンのテフロンがナイフの先端でで100回突き刺しました、という先週は起こっていなかった表面の毛羽立ちを見せていて、一体何があったんだろうか、新しいものを買おうか、と不満な気持ちになる。あと、一番小さなナイフが一本ない。ステレオタイプな ”殺してそのあと証拠隠滅” の動きを連続ドラマ脳がフライパンとナイフに対して感じた。感じたのを違うよ、と思う。

「美味しかったです」と言われて「ありがとうございます」と返したのはなんかへんな感じがしてそのありがとうはやっぱ美味しそう過ぎる所の過ぎる余剰に関わっていそうだった、でもありがとうございますってのは別にへんじゃないなと思った、いつもなんて言ってるかっていうと「よかったです」だった、どっちにしろ食べ物が勝手に美味しくなっている、というきもちが根底にあって、そこに立って「よかったです」と比べると「ありがとうございます」は自分が美味しく作ったことを褒めてくれてありがとうございます、という感じにいま考えられるけどそうだったっけ?と思って、そうじゃなくて、たくさん野菜が冷蔵庫にあるの使わせてくれて「ありがとうございます」みたいな、美味しそう過ぎるものを作れた状況があるのはむしろおかげさまなんで、みたいなきもちなのだった、というのは「よかったです」もそう変わんないけど、よかったですのもう一つの根底には、誰にとっていつ何が美味しいのかは、はかれない、というきもちもある。

おがわさんにナイフのことを聞こうと思いながらカレーを作りながら、いろんなものが古いから、壊れちゃうだろうな、ふつう、と思う。ここはもう12年に差し掛かる。さつかさんとかひがしのさんとかのなかさんとか、展示を見にきて居合わせた人たちが小川さんとおはなししていて、なんかこういうのほんといいよな、と思っていた。
カレーもできて、お客さんが全員帰って、小川さんもいなくなって、ナイフのことを聞きそびれた、SNSの更新をしていたら大木さんがきて、ドイツパンの袋詰めをくれた。

焼いたプレッツェルをニコニコ食べながらお話ししながら、途中で日記の話になって、今日私なんだ、こりゃ大変だ、日記に書ききれないなと思った、昨日の出来事もまた別に日記に書かなきゃいけないっていう使命があった、大木さんが「いや日記は書こうと思えばいくらでも書けるけど、今書くかっていうと別だよね」と言っていて、そうか、いくらでも書けるか、と楽観的な気持ちになったけれど今書いてみるとなんも書ききれない。

注文されたコーヒーを淹れて、あれこれ片付けながら、さっき展示の写真が撮りきれなかったことを思い出して、
「大木さんって、アーカイブとかどうしているんですか」と聞くと
アーカイブってのを世の中簡単に捉えすぎている、取っておけるかとっておかないかだったらとっておいたほうがいいなんて小学生でもわかることなの、、、、
という話を聞きながら、飴屋さんの小説の、デスクトップ型パソコンを自転車のカゴに入れて持ち運ぶから壊れてその度にデータが消えて記憶も消える、という話も思い出していた。

夜、ふじかわさんに、なんのためにつくっているんだろうかとおもうよ、と聞かれた時の大木さんの語っている内容が指し示すことが、わかりすぎるほどわかって、わかることが嬉しいというか大木さんがそんな風に考えていることがうれしい、泣きそうになって泣かない方向に意識を持っていった。整体、という言葉を使っていた。自分は作るところでそれをやっているけれど、実行の点で弱々だ、大木さんのいろいろがその意識で実行されている、そう思うと尊敬の念が爆発した。
帰り支度をしていると、池田が
「あんたはるかをだいじにしなきゃだめだよ!」とバシバシ叩かれていた。今日よく叩かれてるのを見る。あとつつかれてもいた。

家で、サミットで買った半額の寿司の、いくらかねぎとろを「どっちがいい?」と聞かれて、「さっき私が選んだからどっちでもいいよ」と言うと、「選んでくれ、今日大木さんにはるかを大事にしなって言われたから」と言っていて「言っていたのはそういうことなのかな?」と笑いつつそしたらいくらを選んで箸で持ち上げる瞬間「ただ、このどっちかをえらぶとサーモンとマグロどっちを食べるかが必然的に決まることになる」
罠っぽい。

Ongoingで、今日の服の成り立ちを聞いた。
「これは何十年前の盗品」
「これはさいきん買った」
「これはもらった」
「これは最近もらった」
「これはアラタニウラノでのパフォーマンスの痕跡が残ってる」
「これとこれとこれが三重になって、イスラエルの色になってる」
「これは3日前モッシュしたら千切れちゃった、イスラエルで買った」

「Diorすきなの」
「ピュアポイズン」
と振りかけてくれた香水の匂いはもうシャワー浴びて一回眠って起きた今はしてない、最初書き始めながら、自分多分もう寝ちゃうんだろうなと思って実際寝た、起きて続きを書いていて、昨日のことを、日記では語り尽くせない、日記は語り尽くせないなと思う、かと言って私は話すともっと語り尽くせない、というか状況描写を言葉で行う時に事実がかたられているかというとそれは、事実を元にしたそのひとの語り口を聞いているだけなんだな、だから価値がないとかじゃなくて、むしろその頭の動きを含めた身体性の、表面を味わうこと、見事でも見事じゃなくてもすきだなって、思う、思うというか常ではなくて、思った出来事が今年は何回かあった。

齋藤春佳

スイトピー
2019年11月12日

スイトピーのいい香りがする。
この2ヶ月ぐらいバタバタと縁あっていろんな現場に行って、いろんな人と新たに出会って一緒に働いて、うちに帰ってきた。

 

岡山芸術交流でたくさんの人たちと仕事した。あべちゃんに会ったけど、忙しすぎてご飯も一緒に食べられなくて残念。でも岡山はご飯の美味しいお店がいっぱいあって、オリエント美術館はお気に入りだし、街の文化度が高いし、また行きたい。
美学校出身なので、開校50周年と聞いてクラウドファンディングに気持ち出資した。その返礼で遠藤一郎くんが神戸に来てミステリーバスツアーをしてくれた。まさに未知との遭遇だった。
OngoingSchool@渋谷ヒカリエで小川さんと山本高之さんのトークはやってよかった。アーティストがやるスクールの方向性が改めて明るくなった。次回のスクールもたのしみ、みんなのフォローとして自分のできることを精一杯に頑張ろうと思う。私にはOngoingSchool自体がラーニングなのかも知れない。
札幌文化交流プラザの図書館とカフェがお洒落だった。ペンキ塗りで全身筋肉痛でさらに最後おなかを壊した。豊平峡の温泉に行く途中で雨がザッ−と降ってサッと晴れて山に虹がかかった。温泉に浸かってホッとしたけど、インドカレーは食べられなかった。天神山の紅葉が半端なくきれいだった。大木さんが春に展示すると言っていた。
三鷹TERATOTERAまつりで久しぶりに瑞世ちゃんと仕事して、変わらずなテンポがいい感じだった。テラッコのみんなと毎晩飲んでたのしかった。
神戸に戻って森村泰昌さんの初公演はさすがだった。

 

いろんな場面があって、いろんなタイプの人がいて、いろんな現場に行ってるからこそ気づくこともあって、私にはよかったと思う。
いろいろあったけど青木真莉子さんの展示会場に行ったとき、そうこの感じだったなぁと、なんだか身体と心の感覚が一気に呼び覚まされた気がした。

 

今日の帰りに花屋さんによってどれにしようかなぁと見回してスイトピーを買って帰った。
大学の授業でスイトピーを育てていた頃を思い出した。
その頃にはなかったような、紫とピンクの楊貴妃のようなグラデーションの絶妙な色合いに見とれながら、私の好んで帰る場所はどこまでもスタート地点だなと思った。

 

たこ

ヨーテボリ滞在記01

スウェーデン、ヨーテボリにあるレジデンス施設Konstepideminの滞在が始まって10日ほどが経ちました。まだ何もやっていないけどレジデンス内外の(ここには130人!の作家のスタジオがある)作家さんと交流することで、なんとなく9ヶ月間の滞在の目標が見えてきました。ぼんやりと。
日々発見があり、誰かに共有したいと思いつつも、Facebookなどでいちいち世界の皆さんのお目を汚すのは忍びないので、この日記に記録しようと思います。
スウェーデンという国は私の実家、伊佐治家に非常に人気が高く、母親から「毎日写真を送るように」と指令を受けるほどです。60%くらいの確率でその注文をこなしています。先日「もう慣れた?」とのメッセージに「慣れた」と答えた後に、何に慣れたかを自問してみた。
慣れたこと:
・スーパー「Hemkop(ヘムショップ)」を使いこなしている。
・いいホームセンターを見つけた。
・数件の美術館とかギャラリーに行った。
・トラムを乗りこなしている。
慣れていないこと:
・牛乳だと思って買ったものが飲むヨーグルトだった。追加で慎重に選んで買ったが、やはり飲むヨーグルトだった。
・簡単なスウェーデン語を覚えて店員さんなどとクールに挨拶したいが、皆英語が上手い。
・気づくと米を欲している。
それなりに上手くやっているつもりだが、急激な生活環境の変化で自分がかなり軟弱になっていることに気づく。店員さんが笑顔で対応してくれないと傷つくのだ。スウェーデンの店員さんの98%は親切で感じがいい。それに合わせてこちらもヨーロッパ風の笑顔を見せるのだが、普段使わない顔筋が酷使され顔が少し疲れている。
そうだ。今週はプールかサウナにでも行こうかな。

イサジ


11月7日の日記
2019年11月11日

今回の日記は日付を完全に勘違いしていて、3日ばかり過ぎていた…。
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昨日夕食を食べながら、漬け物程度で冠せものをしていた奥歯の残っていた土台の歯の方が少しかけた。もうすぐカンボジアへ行くのに、その前に治さないと、旅先で完全崩壊するのは恐ろし過ぎるし、まだ40歳にもならないのに、この歳でもうかけてしまうのは、この先大いにショックだし、不安だ。

午後、奥歯の冠せものは無事修復された。ひとまずの安心。でも補強に過ぎないので、次かけるのが半年以内ということもありえると言われる…。

歯医者に出入りしているグレージュ系の珍しい毛色の野良猫おトラトラに『世界ネコ歩き』の岩合光昭さんのように「おトラトラはかわいいね」と言って、初めてやさしい顔で「ミャッ」と応えてもらい、とても気分が晴れる。

帰って仕事の続きをして、渋谷のル・シネマで上映中のアッシュ・メイフェア監督のベトナム映画『第三夫人と髪飾り』へ。タイトルから気になっていたことと、今月下旬の東京フィルメックス会期中に開催されるピッチングのワークショップ、Talents Tokyo 2019に新しい企画で参加されることもあり、その予習としても観た。監督自身の曽祖母の体験を題材にした19世紀のベトナムの農村を舞台とした本作が長編デビュー作!ですでに映像による語りの豊かな表現力を魅せていて非常に圧倒される。一夫多妻制で共に暮らす妻たちの意外な関係性であったり、男性であっても人生思いのままという訳にはいかない辛苦に、人の生き様を知り、その上で自分との闘いを知る若い第三夫人の感情のダイナミズムが直球で響いてくる。

帰宅して、ゲンロンの「東浩紀がいま考えていること・番外編――『大量生と虚構の問題』再プレゼン」のタイムシフト放送の残りの30分を観終わった頃、mac bookからおかしな音が聴こえ始め、再起動をかけても、画面が白くはてなマークのフォルダーアイコンしか出なくなってしまった。ハードディスクが認識できなくなったらしい…。2012年購入だからかなり無理をしていたのはわかっていたし、タイムマシンしなきゃ、しなきゃと思いながら直近ではバックアップができていなくて、自分の行動が悔やまれ、いろいろ悲しい…。でも、人生が新しいステージに動く時にPCはほぼ壊れてきたので、明日の大学院の合格発表もよい結果なのかもしれない。とりあえず、明日は勇気をもって合格発表とデータの救出だ。

本間順子

運動会とキムチ
2019年11月2日

まわってきました4回目の日記の日。今日は日記に書けるようなイベントがあったので書いてみるく!
そのイベントとは、5歳の姪っ子が通っている保育園の運動会。いやー、、、なんつーか、「かわええ」しかでてこんかったなあ。もうbot。かわええbot。姪っ子はもちろんのこと、他の子たちも一生懸命テコテコテコテコ走ってる姿見たら語彙を失ってしまった。かわええ。まあそんな中ですねー、ちょっと気になったことがあったんです。それは姪っ子よりもちょっとお兄さんお姉さんのクラスである月組のだしものについて。月組のプログラムは借り物競争で、箱の中から紙をひくとそこには「オムライスが好きなお父さん」「プリンが好きなお母さん」とかが書いてあるんです。そしたら〇〇〇が好きなお父さん/お母さんを探してゴールまで一緒にいくというルール。まあ全部、〇〇〇が好きなお父さん/お母さんって書いてあって〇〇〇にはいる食べ物のバリエーション差分があるんですよね。で、オムライス、プリンの他にラーメン、ハンバーグ、パフェ、とかなんですが。
そこに『キムチ』がはいってたんです。。。
あいや待たれ〜い!!!!!
いやキムチは美味しいよ、キムチかきゅうりのQちゃんのどっちか選べって言われたら結構苦しむよ。それくらい魅力たっぷりよ。だけどさあ、さすがに?
オムライス、プリン、ラーメン、ハンバーグのメンバーにキムチはいるかねー。
例えばオールブラックス(ラグビーのニュージーランド代表)に僕が入ってたらおかしいでしょ。逆に申し訳ない気持ちになるもん。一発タックルくらったら全ての骨折れてもおかしくないのに、メンバー入っちゃってごめんなさい、、ってなるよ。たぶんキムチだってそう思ってるよ、あーなんでオレなのかなあ、そこは焼肉さんでよくないすか。絶対焼肉さん怒ってるもん。さっき、全然気にすんなよ、たまにはベンチあっためるのも悪くねーとか言ってたけど絶対強がりだもん、顔怒ってたもん。ってなるもん。
、、、まあでもさ、多様性大事だしさ、なによりキムチが好きなお母さん探してる月組の男の子がさ、やっぱちょっとキムチ好きなお母さんは見つかりづらくて、でも一生懸命テコテコテコテコ走ってる姿見たらさ、思ったよね。かわええ。

江藤

アメリカ
2019年10月14日

私の日ではないのですが、前回投稿していなかったのと、何か書きたいなと思ったので投稿を。
私は5年前からヨーロッパに住んでいて、最初はこんなに鬱だとは。と衝撃を受けましたが今はロンドンでボート生活しております。ボートはいいですよ。そんなのができるいい街です本当。

と、この前姉と待ち合わせをしてニューヨークに行ってきました。7年ぶりくらい。昔はもっと公共のWi-Fiがあったし無料のものも多かった。少しケチになってきてるなアという印象。
そして姉のたっての希望であるケープコッドというマサチューセッツ、ボストンの近くにある、釣りのフックのような形をした半島に車で行きました。6時間くらいかかった、、相方サム氏が全行程運転してくれましたが。私は今免許切り替え、練習中。

そのケープコッドへのドライブとその土地が私が予想していたよりも遥かに印象に残ったのです。

ヨーロッパにいるとアメリカってのは銃はあるし、社会保障もないしトランプだし、グーグル、フェイスブック、スタバ、マクドナルド等とんでもない国だ。みたいになっているのでどうもその影響からアメリカ=怖いになっていて。若干ドキドキしながら入国したんだけど、入国審査官がもう超フレンドリーでオープン!笑いながら入国でき感動。

その後もあまりのニューヨーカーのフレンドリーさに居心地の良さを感じ、、、。

ケープコッドは中流階級に人気のビーチというからきっと保守的な白人だらけで私なんかは差別されるのだろうと思ってましたが(予想がもう荒んでいる)、なんとケープコッドは昔からヒッピーが移り住んでたらしく、大LGBTコミュニティでした。つまり保守的ではないってことね。

とまぁ社会の云々はあれで、何より感動したのは天気と光です。なんだこの涙が出そうなほどに美しい光と影は!!

なんて美しい湖と森なんだ!

道が広い!

なんか人が超おおらか!

と、こんくらい字面がシンプルになってもいい程のシンプルな感情になる。自然がですね、そうさせる。
アメリカの素敵な自然のある、家で四季を見てみたい!

日本含め歴史の長い国にありがちな神経質でこだわりがあって実は外国人がすごい苦手でちょっとウジウジしてしまう、あれ。

旅行で行くほうがヨーロッパは気を使いますよ。
全然リラックスできないよ。

ヨーロッパの移民が故郷に似せて作った町並みや風景はこちらとしても既視感があり、なんかノスタルジックな気持ちになる。ヨーロッパからくらーい天気と伝統(間違えると現地の人がパニクる)を抜いて、なんというか、
羨ましいよ、そんなにカラッと考えられるなんて、、って思わされる。
社会に問題がないとか言ってるわけではない。南部の内陸の方とかは怖そうだし。

地名もイギリスにある地名がまんま使われており、サムの育った小さい村の道の名前が工業地帯に使われてたり。

なんでしょう上手く伝えられないんですが、ヨーロッパと日本にはないあの、豪快さ。すごいすっきりしたんです。

何でもカリフォルニアなんてところなんてもっとすごいらしいじゃないですか、、、ちょっと行ってみたい!

イギリス人のオジサマにニューヨーカーとかアメリカ人ってフレンドリーなんですねぇと言ったら。

アメリカ人は子供みたいなもんだからね。

とやはり微妙に、ディスられてしまうアメリカ人達。

イギリス人は自分より弱い人をディスらないけれど強い人に対してはメタくそ言う。